母親を「母ちゃん」と読んだことが大きな間違い
母親は簡単にいえば腸の病気で、毎食ごとに液体薬と錠剤を飲まなければならず、便のコントロールが一定じゃない以外は足腰が弱いくらいであとはいたって健康。8月は寝たきりだったが、9月には家の外に出たいと言って散歩までした。
それを見て、母親と同い年のN子ちゃんは「ヒロコちゃんのテナゴ(世話)がいいがらだよなぁ」とホメてくれるし、看護師さんも「お世話した成果がここまで出たら嬉しくないですか?」と言う。そりゃそうよね。
退院してきたばかりの頃は深夜11時から朝まで1時間半ごとに「ヒロコぉ」の一言で飛び起きて、オムツを外してポータブルトイレに座らせていたけど、それも1か月だけであとは起こされることもなく、夜は私は寝られた。なのに腹が立つことが増えていったの。
その元凶は何か。私が今、間違えたと思う2つ目は、母親を以前と同じように「母ちゃん」と呼んだこと。それまでは甥や姪の視線で「おばちゃん」と呼んでいたけれど、家の中で母娘だけになったら、何も考えずに子供の頃からの呼び方に戻っていたの。
母ちゃんは母ちゃんで自分の力でベッドから立ち上がり、ポータブルトイレで用が足せるようになったら、「ほれ、あそこで漬け物買ってこう(来い)」とか、「ナマス、漬けろ」と私に指示出し。さらに編み物まで始めたら家の中を支配していた「母ちゃん」に戻っちゃった。
やっぱり笑えないシモの世話
最初はそんな威張りっぷりに、私も弟も「あはは」と笑っていたけれど、やっぱり笑えないのがシモの世話なのよ。
母ちゃんだって好きで漏らしているわけじゃない。トイレに座るのが間に合わず、ポータブルトイレの下に敷いたゴザの上に撒き散らすのだって、口では「ヒロコぉ。片付けろ」と言っても内心は切ないに違いない。
そう思うから「はいはいはい。ちょっと待ってろ~。動くなぁ」とめいっぱい明るい声を出しながら使い捨ての手袋をつけたけど、これを喜んでする人がどこにいる。そんなこと、わざわざ口に出さなくても元ヘルパーの母ちゃんはわかるに違いない。わかっていながら、昔ながらの”強い母ちゃん”は「悪いな」と言えない。
と、ここまではギリギリ私の許容範囲だったのよ。だけど、母ちゃんの粗相を這いつくばって床を拭いている私にポータブルトイレに座ったまま「ん!」と言って指をさすのよ。「そこが汚れている。あそこも、ほら拭け」と言わず「ん!」。
これを何度かされた私は、もう母親に近づくのは最低限になった。呼ばれたらいくけれど、そうでないときは台所の戸をピシャリとしめた。
その話をすると、田舎で足の不自由な母親がひとり暮らしをしているT子は言うんだわ。
「だから年寄りには甘い顔をしたらダメなんだって。どこまでもつけ上がるんだから。やってあたり前、やらないと大騒ぎ。手をかけた分だけ感謝される? 甘い甘い。なんでずっとやってくれないんだって恨まれるだけだよ」
だからT子はもう何年も実家に帰っていない。その代わり、毎日のように電話をしているんだって。
T子が正しいかどうかはわからないけれど、にわか親孝行をした挙句、心が折れた私は今、心の中で「達成感」と「敗北感」という2つの文字が交互に点滅している。
◆ライター・オバ記者(野原広子)
1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。昨年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑 で、やせたの?』を出版。
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