
現在公開中の藤原竜也(39歳)と松山ケンイチ(36歳)がダブル主演を務めた映画『ノイズ』。本作は、架空の離島を舞台に、人々の思惑が交錯するさまを描いたサスペンスです。先の読めない物語の展開と、クセモノ揃いの俳優陣による演技の掛け合いによって、見応え充分な作品となっています。本作の見どころについて、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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普通の“隠蔽劇”とは一味違う濃密なサスペンス
本作は、漫画家・筒井哲也(47歳)による『ノイズ【noise】』を原作に、映画『彼女の人生は間違いじゃない』や『ここは退屈迎えに来て』のほか、現在公開中の『夕方のおともだち』などを手掛けた廣木隆一監督(68歳)が実写映画化したもの。
主演の藤原、松山のほか、神木隆之介(28歳)や黒木華(31歳)、永瀬正敏(55歳)ら豪華俳優陣を迎え、映画『きいろいゾウ』、『夏美のホタル』でも廣木監督とタッグを組んできた片岡翔が脚本を担当。濃密なサスペンスを生み出しています。

物語の舞台は架空の離島。自然豊かなこの島は、農園を経営し、新たな島の名産品「黒イチジク」を生産する泉圭太(藤原竜也)によって全国的に注目を集めています。国から5億円の交付金も内定し、過疎化が深刻だった島にとって、彼はまさにヒーローのような存在となっていました。
ところが、出所したばかりの凶悪犯がこの島にやってきたことから、事態は一変。この男によって娘が危険にさらされたことを知った圭太は、幼馴染みで親友の田辺純(松山ケンイチ)と守屋慎一郎(神木隆之介)とともに、揉み合いの末に誤って殺してしまいます。穏やかだった島には、やがて警察が大挙して押し寄せてくることに。圭太たちは、何事もなかったかのように振る舞うべく、事件の隠蔽に奔走せざるを得なくなるのです。

隠そうとすればするほど直視したくないものが明るみに
“隠蔽劇”とも言える物語の設定がユニークな本作。閉鎖的な空間に招かれざる客がやって来ることにより、物事がおかしな事態に突入していく作品は他にも多くあります。その招かれざる客が凶悪犯とあれば、凄惨な物語が展開していくことを誰もが想像するでしょう。しかし、本作は一味違います。
闖入者は冒頭であっけなく死んでしまいます。これを“隠蔽工作するために主人公たちが悪戦苦闘する”というのが本作の核です。島民の誰もが島を愛し、島を守るために何としてでも隠し通さなければならないなか、極限状態にある人々の思惑が交錯し、個々の本質が露呈していくさまを、本作は“隠蔽劇”によって描き出します。隠そうとすればするほど、直視したくはない何かが次々と明るみに出てくるのです。
俳優陣が生み出す見事なアンサンブル
特異な設定とスリリングな展開が見どころの本作ですが、これを成立させているのが名実ともにトップクラスの俳優陣。先に名を挙げた役者たちの他に、渡辺大知(31歳)、伊藤歩(41歳)、余貴美子(65歳)、柄本明(73歳)といったプレイヤーが集結し、緊張感あふれる演技のアンサンブルを生み出しています。

永瀬正敏&伊藤歩の刑事コンビが生む緊張感
渡辺大知が演じるのは、物語の引き金となる凶悪犯・小御坂。初登場時から異様な雰囲気を放ち、その言動は怪しさ全開。本作に終始充満している不穏な空気感のきっかけを作っています。そんな小御坂を追って島にやって来るのが、永瀬正敏と伊藤歩が演じる刑事です。小御坂を担当する保護司が行方不明になったことから彼らは島に足を踏み入れ、多くの警察官を率いて捜査を開始、すぐに圭太たちへと疑いの目を向けます。
ここから圭太たちの本格的な隠蔽劇が始まるため、永瀬らこそが緊張感を生んでいる存在だと言えるでしょう。さらに、余貴美子と柄本明もまた、それぞれの思いを胸に秘め事件に関わる人物を演じています。特に、金のためならいかなる犠牲もいとわない町長役の余の演技はアクが強く、怪演と呼べる恐ろしさです。
『デスノート』の“天才コンビ”が再共演
そんな俳優たちの中でも、何と言っても注目なのがやはり藤原と松山の組み合わせ。彼らといえば、映画『デスノート』で“キラ”と“L”という敵対するキャラクターをそれぞれ演じ、天才同士の闘いを繰り広げました。あの作品以来、およそ15年ぶりに本格的な共演が実現したのです。かつて2人が演じたのはいずれも特殊なキャラクターでしたが、本作で演じているのはごく普通の青年たち。それも、幼馴染みにして親友です。

黒木華、神木隆之介による化学反応にも注目
先述したように本作は“隠蔽劇”であるため、彼らの演技は非常に抑制が効いたもの。追い詰められているからといって、感情を外に発散するのではなく、内側に抑え込みます。焦りや苦しみ、怒りの感情を内面に抱えているさまが見て取れるからこそ、私たち観客にも緊張感が伝わってきます。数多くの作品で経験を積んできた2人の俳優のキャリアが再び交わる点は、本作の見どころと言えるでしょう。
さらに、圭太の心優しい妻役として黒木華が、圭太と純の弟的存在である警察官・慎一郎役として神木隆之介が奮闘。藤原と松山にとって、下の世代のトップ俳優であるこの2人が絡んでくることで生まれる化学反応にも注目です。
静かにあぶり出される人々の本質
本作には恐ろしい描写も少なからずありますが、登場人物が声を張り上げて暴れまわったり、感情的になって泣きわめいたりすることはありません。島民を巻き込みつつも、物語はあくまで淡々と進んでいきます。声を上げられない状態ながらも誰もが極限状態に追い詰められているため、そこで静かに、個々の本質があぶり出されていくことになるのです。

「かさぶた」が意味するのは?
印象的なのは、神木演じる警察官の慎一郎がしきりに口にする「かさぶた」という言葉。島で何か悪いことが起きれば、誰かしらがかさぶたにならなければならないというのです。傷口を覆うためには、ときには誰かが手を汚すこともある。つまりこれは、“隠蔽工作”を指しています。しかしかさぶたは、自然と剥がれ落ちれば傷は治癒する一方で、無理に剥がせば悪化するもの。常に不安定で脆く、少し突けば簡単に崩れてしまい、そして新たな血が流れます。このようにして本作は、人々が無茶な隠蔽工作に奔走すればするほど、さらなる悲劇を生み出すさまを描いているのです。
ここで言う悲劇とは、見たくない、知りたくない、個々の人間の本質。次々に明るみに出る“悲劇”や驚きの展開は、見る者を釘付けにすることでしょう。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。http://twitter.com/cinema_walk