「家事はまるでジャグリング」とは?
台所でも、同じように「そういえば」を使います。
やかんの水を入れている間に、「そうだ、あれしとこう」となって、ちょっとその場を離れる。それを片づけているうちに、もう一つ「そういえば」が思いつくこともある。そうこうするうちに思ったより時間がかかって、水が溢れてしまうこともある…。
たいていは、ほどよきところで戻りますが、ごくたまに溢れてしまうこともあります。でも、それは想定内リスクです。
大事な「そういえば」が消えてしまうことに
なぜなら、冒頭の生産管理の専門家のアドバイス通りに「やかんの水を入れ始めるときに、注水中に何をするかを完璧に計画して、水栓の明け具合を決める」なんていうことをしていたら、準備に時間がかかりすぎます。そもそも、脳のストレスで発想力が阻害されるので、「気づき」が起こらなくなります。そう、脳から、大事な「そういえば」が消えてしまうのです。
事前計画をして走り出すのは、「ある程度定型の業務」にのみ有効。家事は、まるでジャグリング=腕の数より多い(3つ以上の)ボトルや球を空中に投げ上げながら、落とさずに回す芸。私たち主婦は、常に自分のキャパ以上のタスクを片づけるために、気づいたタスクをガンガン重ねて、ぶん回します。たまに、球が一個落ちたから何?って感じですよね。
主婦以外のかたは、「主婦の超ギリギリのジャグリング」のおかげで、家がなんとか片付いて、なんとかご飯も食べているってことを、ほんっと、知ってほしいと思います。
気楽なマルチタスクVS精緻なシングルタスク
男性の多くが、精緻なシングルタスクを得意としていて、職業上も、その能力を使っているかたが多いので、ついシングルタスクにのみ着目して、意見を言いがち。「やかんの水を入れる」とか「食洗器に食器を入れる」のようなシングルタスクだけに注目すれば、そりゃ、効率のいいやり方はいくらでも提案できるでしょう。
しかしながら、一個一個のタスクは効率化できても、それをリニアにつないでいたら、家事は絶対間に合わない! 主婦には主婦の、家事には家事の世界観があるのです。
「そういえば」を重ねていくやり方は、心の赴くままに走り続ける、いわば「気楽なマルチタスク」。シングルタスクだけに注目する人から見れば、ときに「いい加減」「遠回りで、非効率」に見えることがあります。
しかしながら、「たまの失敗」や「多少、遠回り見えること」を想定リスクに、キャパ以上のタスクをこなしていくタフな神業だとわかれば、効率論なんて振りかざせないはず。
主婦以外のすべての家族に、家事タスクへの理解があったらいいなぁと祈るように思います。
家事を効率化するたったひとつのコツ
そうそう、「やかんの水」の事例で、夫がするべきだったのは、「水、止めておいたよ。火にかければいいの?」と声をかけること。妻は、「そういえば」案件を心行くまで片づけて、お湯の湧いたやかんのもとへ戻れます。
夫の優しい一言こそが、妻にとっては最高の効率化なのです。
◆教えてくれたのは:脳科学・人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さん
株式会社 感性リサーチ代表取締役社長。人工知能研究者、随筆家、日本ネーミング協会理事、日本文藝家協会会員。人工知能(自然言語解析、ブレイン・サイバネティクス)、コミュニケーション・サイエンス、ネーミング分析が専門。コンピューターメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳と言葉の研究を始める。1991年には、当時の大型機では世界初と言われたコンピューターの日本語対話に成功。このとき、対話文脈に男女の違いがあることを発見。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。2018年には『妻のトリセツ』(講談社)がベストセラーに。以後、『夫のトリセツ』(講談社)、『娘のトリセツ』(小学館)、『息子のトリセツ』(扶桑社)など数多くのトリセツシリーズを出版。http://ihoko.com/
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