
家事に効率性を求め、いちいちケチをつける夫がうざくて仕方ない…そんな悩みを聞いた、ベストセラー『夫のトリセツ』(講談社)の著者で脳科学・人工知能(AI)研究者の黒川伊保子さんは「夫のその場の正論は、妻の家事能力を下げる」といいます。いったいなぜでしょう? 夫にこそ知ってほしい夫婦の関係を円満にする秘訣を黒川さんに教えていただきました。
【相談】
うちの夫は、何にでも効率性を求め、口癖が「理にかなっている」です。家事を手伝ってくれるのはありがたいのですが、私のやり方を見て、「このほうが理にかなったやり方だ」といちいちケチをつけるので腹が立ちます。確かに夫のやり方の方がよいときもありますが、それよりも私は自分の好きなようにやるほうが気分良く過ごせます。こんなうざい夫、どうにかなりますか。(49才・パート)
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理で押してくる夫には、理で返す
理で押してくる夫には、理で返しましょう。
男の「理にかなってる」は、ときに「家事の作業効率を下げてしまうので、大局的に見れば、あまりにも非効率」なことがあるのです(全部とは言わないけど)。ここでは、それを解説しますね。
この世の半数以上の妻たちが、夫の「その場の正論」によって、脳がうまく機能できず、ストレスフルで、非効率な羽目に陥っています。度が過ぎれば、妻の健康を害することも。もちろん、夫の側には悪気はなく、自分の「ありがたいアドバイス」が妻の手足を縛っているなんて微塵も思っていないので、「妻のイライラの原因がわからない」という事態に。

タスクの進め方の男女差を知らないと、互いに不幸です。この世の夫の皆さんにも、ぜひとも、この記事を読んでもらいたいものです。
「やかんの水」問題からわかること
あるとき、生産管理(工場のライン設計)の専門家が、こんな話をしてくれました。
——妻がやかんに水を入れながら、あれこれ別の用事をするのだけど、水を全開にしておくので、溢れてしまっていた。そこで「あれこれするのなら、その時間を目論んで、水を細めに出しておけばいいのに」とアドバイスしたら、妻が逆ギレした。クリティカルパス(一番時間がかかる作業)を見極めて、生産ラインの流量を決めるのは生産管理の基本で、なかなかいいアドバイスなのに、妻のキレ方はひどかった。
夫の弁は、たしかに正論です。なのになぜ、妻の側は、このアドバイスに逆上するのでしょう。それは、彼女の脳の存在意義を揺るがす「横やり」だからなのです。
家事は「そういえば」がキーワード
ここで理解しておかなければならないのは、家事をするときの脳の使い方です。家事は、とりとめのない多重タスク。これをガンガン回していくキーワードは「そういえば」です。
洗濯機を回しながら、洗面台の汚れに気づいてそれを拭き、ついでにハンドソープの残りが1/3になっていることに気づき、「そういえば、詰め替え在庫あったかな。あ、そういえば、トイレットペーパーもあと2巻き」なんてことに思い至ります。
逆に、スーパーマーケットで、ケチャップが特売価格になっているのを見て、「そういえば、ケチャップがもう少しだった気が…」と気づいて、それをかごに入れたりもする。ついでに乾物の棚を思いだして、「だしパックも買っておこうかな」なんてことも。
料理・洗濯・掃除・子育て・近所付き合い…
日々の買い物を、完璧に在庫チェックをしてからこなす、なんてこと、到底無理でしょう。だって、その在庫は、食材・飲料・調味料・洗剤(台所用、風呂洗い、シャンプー、コンディショナー、ボディソープ、ハンドソープ、洗濯洗剤、漂白剤、下水溝用などなど)、備品(トイレットペーパー、ゴミ袋、マスク、食器洗いのスポンジ、レンジカバーなど)、化粧品、猫缶、猫砂、子どもの学用品…と多岐に及ぶのですから。

しかも、料理・洗濯・掃除・子育て・近所付き合い(働く主婦なら、その上、仕事も!)のついでにやらなくちゃいけないのですから。
というわけで、家事がうまく回るかどうかは、主婦たちの「そういえば」力にかかっているのです。
「家事はまるでジャグリング」とは?
台所でも、同じように「そういえば」を使います。
やかんの水を入れている間に、「そうだ、あれしとこう」となって、ちょっとその場を離れる。それを片づけているうちに、もう一つ「そういえば」が思いつくこともある。そうこうするうちに思ったより時間がかかって、水が溢れてしまうこともある…。
たいていは、ほどよきところで戻りますが、ごくたまに溢れてしまうこともあります。でも、それは想定内リスクです。
大事な「そういえば」が消えてしまうことに
なぜなら、冒頭の生産管理の専門家のアドバイス通りに「やかんの水を入れ始めるときに、注水中に何をするかを完璧に計画して、水栓の明け具合を決める」なんていうことをしていたら、準備に時間がかかりすぎます。そもそも、脳のストレスで発想力が阻害されるので、「気づき」が起こらなくなります。そう、脳から、大事な「そういえば」が消えてしまうのです。
事前計画をして走り出すのは、「ある程度定型の業務」にのみ有効。家事は、まるでジャグリング=腕の数より多い(3つ以上の)ボトルや球を空中に投げ上げながら、落とさずに回す芸。私たち主婦は、常に自分のキャパ以上のタスクを片づけるために、気づいたタスクをガンガン重ねて、ぶん回します。たまに、球が一個落ちたから何?って感じですよね。
主婦以外のかたは、「主婦の超ギリギリのジャグリング」のおかげで、家がなんとか片付いて、なんとかご飯も食べているってことを、ほんっと、知ってほしいと思います。
気楽なマルチタスクVS精緻なシングルタスク
男性の多くが、精緻なシングルタスクを得意としていて、職業上も、その能力を使っているかたが多いので、ついシングルタスクにのみ着目して、意見を言いがち。「やかんの水を入れる」とか「食洗器に食器を入れる」のようなシングルタスクだけに注目すれば、そりゃ、効率のいいやり方はいくらでも提案できるでしょう。
しかしながら、一個一個のタスクは効率化できても、それをリニアにつないでいたら、家事は絶対間に合わない! 主婦には主婦の、家事には家事の世界観があるのです。

「そういえば」を重ねていくやり方は、心の赴くままに走り続ける、いわば「気楽なマルチタスク」。シングルタスクだけに注目する人から見れば、ときに「いい加減」「遠回りで、非効率」に見えることがあります。
しかしながら、「たまの失敗」や「多少、遠回り見えること」を想定リスクに、キャパ以上のタスクをこなしていくタフな神業だとわかれば、効率論なんて振りかざせないはず。
主婦以外のすべての家族に、家事タスクへの理解があったらいいなぁと祈るように思います。
家事を効率化するたったひとつのコツ
そうそう、「やかんの水」の事例で、夫がするべきだったのは、「水、止めておいたよ。火にかければいいの?」と声をかけること。妻は、「そういえば」案件を心行くまで片づけて、お湯の湧いたやかんのもとへ戻れます。
夫の優しい一言こそが、妻にとっては最高の効率化なのです。
◆教えてくれたのは:脳科学・人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さん

株式会社 感性リサーチ代表取締役社長。人工知能研究者、随筆家、日本ネーミング協会理事、日本文藝家協会会員。人工知能(自然言語解析、ブレイン・サイバネティクス)、コミュニケーション・サイエンス、ネーミング分析が専門。コンピューターメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳と言葉の研究を始める。1991年には、当時の大型機では世界初と言われたコンピューターの日本語対話に成功。このとき、対話文脈に男女の違いがあることを発見。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。2018年には『妻のトリセツ』(講談社)がベストセラーに。以後、『夫のトリセツ』(講談社)、『娘のトリセツ』(小学館)、『息子のトリセツ』(扶桑社)など数多くのトリセツシリーズを出版。http://ihoko.com/
●皮肉ばかり言う夫と円満な関係を築く方法はある?『夫のトリセツ』著者が語る