
ライター歴43年のベテラン、オバ記者こと野原広子(65歳)が、介護を経験して感じたリアルな日々を綴る。昨年、茨城の実家で4か月間、母ちゃんの介護したオバ記者。その母ちゃんが亡くなって1か月。心を癒やしたのは意外なものでした――。
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相変わらず地に足が着かない
母ちゃんがあと数日で94歳というところで亡くなって1か月。以前と同じように週に何日か衆議院議員会館へアルバイトに通いつつ、締め切りに追われて原稿を書く日常に戻ったものの、相変わらず地に足が着かないというか、現実感がないというか。で、気の向くままぶらり都バスの旅へ。

1日乗車券500円。1回210円だから3回乗ればモトが取れちゃうけど、フリーチケットの良さはそんなもんじゃない。ひと区間だけ乗って降りて、また乗ったり、いったん降りたものの通り過ぎたところに用事を思いついて戻ってみたり、なんてことが出来るのはフリーチケットならではよ。
バスは向かって右側の最後尾シートが最強
で、前回は目白、練馬、池袋、西新井、上野と、東京の北西部を攻めたので、今回は南東部の築地から晴海、お台場と海側へ出かけてみたの。そういえば、女優の薬師丸ひろ子がしばらく前のテレビのトーク番組で、バスが大好きでよく利用すると話していたの。彼女のお気に入りのシートは最後部の端だそうで、あらら、私といっしょだわ。もっと細かいことを言えばおすすめの席は、すぐに降りるならタイヤの上で、終点まで乗るなら向かって右側の最後尾シートが最強だよ。
タイヤの上はふたり席だけど狭いから座ってしまえばほぼ独占。最後尾の左側は非常口があるから見晴らしがイマイチなので、空いていたら絶対に右側!

しかし幸運、不運でいえば都バスに関して私は不運だったね。今にも真上に飛びあがりそうな近未来形の”水素バス”を初めて見たのは4年前の春のこと。「なんじゃ、こりゃ~」と目が釘付けになったものの、次の予定が迫っていて写真を撮ったらすぐにダッシュしなくちゃならなかったの。それからずっとそう。
このバス、調べたらなんと1台1億円。窓が大きくて見晴らしは抜群なのに私に乗るチャンスはいっこうに訪れない。前回、8本乗っても全部、旧型。一度だけ水素バスを見かけたけれど、乗り換えに間に合わず、空しく後ろ姿を見送ったっけ。

こうなったら意地よね。今回はどうしても乗ってやろうと決めて、”水素バス”が多く走っている東京駅丸の内南口から隅田川を渡って湾岸地域を走る東京ビックサイト行きに決め乗りしたわけ。実際乗ってみたら、窓の大きさ、走行音の静けさに感激しちゃった。
どんな顔で人と会えばいいかわからない
前回の都バス旅では2回、トイレ休憩とスマホの充電のためにカフェに入ったけれど、今回はそんなドジはしない。ちゃあーんと充電器を持ってきているし、トイレだって東京ビックサイトに着けば最新式のがいくらでもある。
さらにさらにビックサイトの館内にコンビニとカフェに挟まれた広いフリースペースを見っけ! 天上は高いしフリーWi-Fiもあって原稿を書くにはこれ以上ない環境よ。さっそくコンビニで水だけ買ってiPadを開いてパチパチパチ。こういうオープンスペースって西新井はもちろん、池袋でもなかなか見つけられないのよね。

そうこうしているうちに母ちゃんの死がやっと腑に落ちてきた感じ。だけどそうなったらなったで人と会うのがつらいんだわ。どんな顔をしたらいいのかわからない。「ふつうにしていればいいんだよ」と、私の中のもう一人の私はサラッと言うけれど、その“ふつう”がわからない。
友達のYちゃんから焼き肉のお誘いが…
そんな時に名古屋からYちゃんが「1週間、泊まらせて」とやってきたの。Yちゃんはひと回り下の酉年女で、英語とハングル語と経理が出来る外資系OL。10年くらい前にひょんなことで知り合ってからの仲で、気が付くと私が困ったときに助け舟を出してくれるんだよね。今回もそうで、「姪のKと焼き肉食べに行くんだけど、行くよね?」だって。

テレビ制作会社に勤めるKちゃんの彼氏は、売り出し中のお笑い芸人、『モシモシ』のいけちゃん。ときどきテレビ出演している早稲田大学法学部卒の高学歴芸人なの。私とは半年前に個室で中華料理を食べたのが初対面で、今回が2回目。サラリーマンを経験しているせいか、ちゃんとした常識人ですごく気持ちのいい若者よ。

で、今回も赤坂駅で待ち合わせしたら、「焼き肉、楽しみで楽しみで」とふたりとも満面の笑み。この笑顔がどんなに目の前のオバちゃんを慰めたか、ふたりはわかるまい。それに焼き肉は若者と食べるに限るね。肉を食べるぞという意気込みが何より大事だもの。
「あ、私はもういいから、あなた食べて」なんて、同世代から胃のあたりを抑えながら言われてごらんって。たちまちまずく感じちゃうから。
そんなわけで、「うふふ。おいしいねぇ~」「もう、最高。幸せ~」
といいながら顔を見合わせている若いふたりを見ていたら、私まで幸せな気持ちになっていったのでした。
◆ライター・オバ記者(野原広子)

1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。昨年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑 で、やせたの?』を出版。
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