
広瀬すずさん(23歳)と松坂桃李さん(33歳)がダブル主演を務めた映画『流浪の月』が、5月13日より公開中です。本作は、一緒にいることが“世間的に許されない”一組の男女の特別な関係を描き出したもの。累計発行部数39万部超えの「2020年本屋大賞」の受賞作を原作とした、濃密な社会派ヒューマンドラマが誕生しています。本作の見どころについて、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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2020年本屋大賞受賞作を『怒り』などの李相日監督が実写化
本作は、「2020年本屋大賞」を受賞した作家・凪良ゆうさんによる同名小説を原作に、『悪人』(2010年)や『怒り』(2016年)などの李相日監督(48歳)が実写映画化したものです。主演に広瀬さんと松坂さんを迎え、共演には横浜流星さん(25歳)や多部未華子さん(33歳)といったエンタメ界の若き才能が集結。

また、『バーニング 劇場版』(2018年)や『パラサイト 半地下の家族』(2019年)などを担当してきた韓国の名カメラマン、ホン・ギョンピョさん(59歳)が撮影監督を務めていることも映画ファンの間では大きな話題に。叙情的な映像が、作品に力を与えているのです。
大学生と小学生の男女が過ごした特別な2か月
ある日、公園のベンチで雨に打たれながら本を読んでいた家内更紗(白鳥玉季さん)。彼女の存在に気付いた佐伯文(松坂さん)は、自分の家に来ないかと声をかけます。更紗はまだ10歳の小学生で、文は19歳の大学生。伯母の家での生活を苦に感じていた更紗は帰宅を拒み、文はそれを受け入れ、年齢の離れた2人は互いに影響を与え合いながら、2か月もの自由な時間を過ごします。
2人にとってこの2か月は特別なもの。けれども世間はこれを「誘拐事件」だと騒ぎ立て、やがて警察の手によって引き裂かれることに。それから15年後、大人になった更紗(広瀬さん)は、以前の姿とまったく変わらない文と再会し…。

男女が中心の物語というと、多くのかたは“ラブストーリー”を想像するのではないでしょうか。しかし、本作はそうではありません。更紗と文は、深く大きな孤独感を抱えて生きる存在です。2人の間にはたしかに“愛”がありますが、社会的に「誘拐事件」とされたものの当事者である更紗と文だけにしか分からない、もっと特別な関係を本作は描き出しているのです。
エンタメ界のトップ俳優たちの好演が光る
これまでの李監督作品と同様に、本作にはエンタメ界のトップ俳優たちが集結し、それぞれの好演が光っているのも見どころの一つ。実際に、俳優たちへの称賛の言葉をネットでよく目にしているのではないでしょうか。広瀬さんも松坂さんも横浜さんも多部さんも、誰もが新たな表情をのぞかせているように思います。
広瀬さんと李監督のタッグは、『怒り』に続いて2度目のこと。広瀬さんは、同作にて残酷な他者の悪意に翻弄される少女を演じてから6年、今作でも一筋縄ではいかない重い役どころに挑んでいます。

彼女が演じる更紗とは、どこか空洞を感じさせる人物。広瀬さんは特定のシーンを除いて控えめな演技を展開していますが、その中に垣間見える繊細なリアクションに魅せられます。受動的な性格の更紗が、やがて“自分の求めているもの”を自覚し、主体性を獲得していくまでの変化の表現も見事です。
“弱さ”を押し出した松坂桃李の演技
対する松坂さんは、李監督と初タッグ。アウトローから若手の官僚、ピアニストからアイドルオタクまでと、まさに“なんでもござれ”な彼ですが、本作では全面的に弱さを押し出した演技を展開しています。

役づくりとして体を絞ることなどもしたそうですが、それ以上に消え入りそうな声が印象的。絞り出すように発するセリフの一つひとつに胸が締め付けられます。これまでにも松坂さんは“弱さ”を感じさせる演技を諸作品で披露してきましたが、本作では白眉だと言えるシーンがいくつも見られるのです。

そして、表向きは好男子なものの強烈なコンプレックスを抱え、更紗に対する独占欲から暴力的な人間に豹変することもある恋人を演じた横浜さんや、文の恋人でありながら、彼と更紗の特別な関係を前にして深く傷つく女性に扮した多部さんの演技も、それぞれのキャリアにおいて最良のものだと思います。

この2人の好演があってこそ、更紗と文のやり取り、ひいては広瀬さんと松坂さんの演技も際立っているのです。
「事実と真実は違う」というテーマ
先に記しているように、本作はラブストーリーではありません。けれども間違いなく、愛の物語です。更紗と文の周囲の者たちは、2人の関係を「普通じゃない」と決めつけますが、2人の真の関係を知っているのは、当事者である本人たちと私たち観客だけ。それ以外の者たちには、それぞれの立場から見た更紗と文の関係しか見えていません。果たしてそこに“真実”はあるのでしょうか。

原作に、「事実と真実は違う」という印象的な言葉が登場します。これは映画でも力強く描かれている、『流浪の月』のテーマです。更紗と文の関係の外側にいる人間たちが目にする2人の関係は、“女児誘拐事件の被害者と加害者”。ですがこれは、1つの“事実”に過ぎません。実際にどのような関係であるのか、“真実”は2人だけにしか分からないのです。
当事者にしか分からない切実な事情も
「誘拐事件」とまでは言わずとも、実社会でも似たような問題が多々あるように感じます。非当事者が自分の立場から目にした事実のみを盾にして、当事者をバッシングする行為をしばしば見かけないでしょうか。もしかするとそこには、当事者にしか分からない切実な事情があるのかもしれません。

日々、次から次へとさまざまな問題が起こります。その中には私たちの理解を超えたものだってあるはずです。自分の立場から見える事実を信じるだけでなく、少しでも当事者に歩み寄ろうという姿勢が必要なのではないでしょうか。『流浪の月』は、そう強く思わされる作品です。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。http://twitter.com/cinema_walk
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