欧陽菲菲さんの『雨の御堂筋』は「小ぬか雨」。これは霧のように細かく降る雨のことを言うのだそう。まとわりついてくる、目に見えないほど小粒な雨と湿気。その中傘もささず地味にベタベタと濡れつつ、「本町あたりにいる」というザックリ過ぎる風の噂を頼りにあの人を探す……。しかも夜、泣きながらである。
聴いている私の心にまで小ぬか雨の如くやるせなさが沁みてくる。早々に切り上げ近くのカフェで雨やどりをしてほしいと思うが、そんなものは余計なお世話だろう。森昌子さんの『せんせい』にせよ、森高千里さんの『雨』にせよ、片思いの女性は傘を差さない。なぜなら心の風邪はもうとっくに引いているから!
失恋の激しさを歌う『どしゃ降りの雨の中で』
「諦めきれない。悲しい、つらい!」という壮絶な失恋の場合は、言わずもがな「どしゃ降り」が使われる。和田アキ子さんの『どしゃ降りの雨の中で』は、彼女の「とホてヘも悲しヒヒヒわハハハ〜」という「母音がハ行歌唱法」が心の荒ぶりを見事に表していて、逆に清々しい。大声で泣くことで浄化されるあの感じ。嫌なことがあったとき聴くとスカッと憂さが晴れる!
ちなみに私はこの「どしゃ降り」という言葉、「土砂降り」という漢字そのまま「土砂を押し流すほどの大雨」というのが語源だと思っていた。しかし漢字の「土砂」は当て字で、擬態語の「ドサッ」に「降る」を組み合わせた言葉だということを今回知った。
ドサッから来た「どしゃ」! やはり日本のオノマトペは最高だ。他にもぽつぽつ、ザーザー、しとしと……。雨音の表現だけで物語が聞こえてくるようだ。特に「しとしと」という表現を日本で最初にした人は誰だろう。天才か!
もちろん幸先の良さを感じる雨もある。少年隊の5thシングル『stripe blue』は「天気雨」。これは晴れているのに雨だけが降るという現象。夏のトキメキ、青春特有のハイテンションが伝わってくる。雨の歌の中では貴重なポジティブソングだ。
松本英子さんが澄んだ声で歌唱し、作詞作曲を担当した福山雅治さんもセルフカバーしている『Squall』。Squall(スコール)とは、雨や雪を伴う突発的な風速の天気変動のことを言うらしい。これを乙女の恋心になぞらえ、タイトルのみに掲げているのがなんともエモーショナル。
これまでなんの気になしに聴き流していた雨の表現だが、いやはや意味を知ると、より感情と湿度が耳に絡みついてくる。そしていろんな思いを連れてくる。体調管理面ではウンザリすることばかりだが、言葉や表現の世界では、こんなに感動できる季節はなかなかないのかもしれない。
◆ライター・田中稲
1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka