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草なぎ剛が体現する“生活者” 映画『サバカン SABAKAN』での演技と語りで懐かしい景色に誘う

映画『サバカン SABAKAN』場面写真
映画『サバカン SABAKAN』で好演する草なぎ剛(C)2022 SABAKAN Film Partners
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尾野真千子さん(40歳)、竹原ピストルさん(45歳)、草なぎ剛さん(48歳)らが出演した映画『サバカン SABAKAN』が8月19日より公開中です。1986年の長崎を主な舞台とした本作は、“子どもが主役”の青春映画。特定の時代や地域を描いた物語ではありますが、2人の少年の冒険と、彼らと大人たちとの交流が、観客の誰しもを“あの頃”へと還らせてくれる作品に仕上がっています。本作の見どころや役者陣の演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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多くの人にとって原風景でも見ているかのような懐かしい物語

本作は、俳優の斎藤工さんが“齊藤工”の名義で監督した『半分ノ世界』(2014年)や、『ザ・ファブル』(2019年)の江口カン監督作『ガチ★星』(2018年)、ドラマ『半沢直樹』(2020年、TBS系)などの脚本を手がけてきた金沢知樹さんによる初の映画監督作品。萩森淳さんと共同で脚本を手がけ、多くの人にとってまるで原風景でも見ているかのような懐かしい物語を生み出しています。

映画『サバカン SABAKAN』監督
(C)2022 SABAKAN Film Partners
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タイトルになっている「サバカン」とは、そう、あの「サバ缶」のこと。この物語は、文筆業を営む1人の男(草なぎ)が幼少期を回顧するかたちで進んでいくものとなっており、彼の幼い頃の記憶は思い出の“サバ缶の味”と固く結びついているのです。

映画『サバカン SABAKAN』キービジュアル
(C)2022 SABAKAN Film Partners
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1986年の長崎で育まれる、2人の少年の友情

1986年の長崎にて、いつもにぎやかな4人家族で暮らす久田孝明。当時アイドル的存在として一世を風靡した斉藤由貴と、キン肉マン消しゴムが大好きな小学5年生の彼は、家が貧しいことを理由にクラスメイトたちから避けられている竹本健次と交流を持つことになります。

映画『サバカン SABAKAN』場面写真
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竹本いわく、「“ブーメラン島”に行けばイルカを見られる」ということで、小学生だけで向かうにはかなりの困難をともないますが、2人はブーメラン島を目指すのです。

映画『サバカン SABAKAN』場面写真
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その道中、不良に絡まれたり、海で溺れかけたりしながら、久田と竹本の間には友情が芽生えていきます。こうして唯一無二の仲となったように思えた2人ですが、思いがけない事件が彼らを襲い…。

子役を支える尾野真千子ら“大人たち”の存在

“子どもが主役”と先に記しているように、本作の主人公は2人の少年です。久田を演じる番家一路さんも、竹本を演じる原田琥之佑さんもこれが映画デビュー作となりました。両者ともに瑞々しい演技を披露し、いつの時代も変わらない、等身大の小学生の姿を体現しています。

映画『サバカン SABAKAN』場面写真
(C)2022 SABAKAN Film Partners
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もちろん、海や山に囲まれた環境や、彼らを支える“大人たち”の存在も大きいのでしょう。

映画『サバカン SABAKAN』場面写真
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久田の両親を尾野さんと竹原さんがパワフルかつユーモラスに演じているほか、笑顔が印象的な竹本の母親役を貫地谷しほりさんが演じ、演技経験の浅い子役陣を優しく支え、導いています。

映画『サバカン SABAKAN』場面写真
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映画『サバカン SABAKAN』場面写真
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映画『サバカン SABAKAN』場面写真
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また、ワルガキでもある竹本のライバル的な役どころを岩松了さん、久田の親戚のお姉さんを福地桃子さん、担任の先生を篠原篤さんが演じており、この脇を固める大人の俳優陣が作品のアクセントになる働きをしています。そして、久田少年が大人になった姿であり、この物語を観客に語るのが草なぎさんの存在なのです。

作品の看板を背負うことのできる俳優・草なぎ剛

草なぎさんといえば、言わずとしれた国民的アイドルグループの元メンバーの1人ですが、同時に演技派俳優としても知られている存在。『黄泉がえり』(2003年)、1938年公開の清水宏監督作『按摩と女』のリメイク作品である『山のあなた 徳市の恋』(2008年)や、人気アニメーション『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(2012年)を原案に実写化した『BALLAD 名もなき恋のうた』(2009年)などで主演を務めてきました。多くのドラマ作品でも主演を務め、彼の代表作は観客それぞれによって異なることでしょう。

映画『サバカン SABAKAN』場面写真
(C)2022 SABAKAN Film Partners
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近年は『台風家族』(2019年)や『ミッドナイトスワン』(2020年)に主演し、特に後者は多方面で大きな話題となりました。つまり草なぎさんとは、作品の看板を背負うことのできる俳優だというわけです。いまさら言うまでもないことかもしれません。

草なぎ剛が見せる“生活者”としての一面

とはいえ、本作の主人公は子どもたちです。実際のところ、草なぎさんの姿がスクリーンに映し出されるのは冒頭とラストのみ。時間でいえば想像以上に短いものです。しかし短い出番だからこそ、大人になった久田役は、誰がどのように演じるのかが非常に重要。ともするとこのポジションは、せっかくの子どもたちの好演を壊しかねないものだと思います。そこには子役と大人の俳優が2人して作り上げる、“二人一役”での久田像がなければならないのです。

映画『サバカン SABAKAN』場面写真
(C)2022 SABAKAN Film Partners
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草なぎさんは大人になった久田の視点で、懐かしき日々を振り返ります。ただそこにあるのは、感情的でもなければ感傷的でもない彼の淡々とした語りと、少年たちのまぶしい姿。久田も竹本も、決して特別な子どもではありません。家庭環境の差はあれど、2人ともどこにでもいる幼い子どもです。

映画『サバカン SABAKAN』場面写真
(C)2022 SABAKAN Film Partners
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そして大人になった久田はというと、彼も特別な存在になるわけではない。現代社会の波に揉まれる生活者の1人です。草なぎさんの声や表情、佇まいに見られるこの久田の“生活者”としての一面が、少年期の久田と地続きであることを強く感じさせます。

草なぎ剛のナレーションが観客を“あの頃”へ

大人になった久田が社会的に特別な人間になれなかった現実を見せられるというのは夢のない話のようにも思えますが、現実とはそういうものなのではないでしょうか。彼は特別な大人になることはできなかったのかもしれない。けれども竹本と過ごした時間は無くなりませんし、竹本にとって久田が特別な存在であった事実も変わりません。

映画『サバカン SABAKAN』場面写真
(C)2022 SABAKAN Film Partners
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この、ありふれているけれども感動的な事実を、番家さんと草なぎさんの好演が観客に訴えかけます。全編にわたる草なぎさんのナレーションはすべての登場人物にしっとりと寄り添うようで、きっと私たちを“あの頃”へと連れ戻してくれることでしょう。

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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