エンタメ

「僕をオーディションしてくれないか」沢田研二が新作映画で刻んだ“生き様”

映画『土を喰らう十二ヵ月』場面写真
沢田研二が主演。ヒロインを松たか子が演じた(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

沢田研二さん(74歳)が主演を務めた映画『土を喰らう十二ヵ月』が11月11日より公開中です。長野の山奥で独りで生活をする男の姿を描いた本作は、四季折々の美しさや大自然の恵みを映し、人間の“死生観”についても考えさせられる作品に仕上がっています。本作の見どころや沢田さんをはじめとした役者陣の演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

“死”に近づく主人公が“生”を考える日々

本作は、『ナビィの恋』(1999年)や『ホテル・ハイビスカス』(2002年)の中江裕司監督が、水上勉さんが1978年に発表したエッセイ『土を喰ふ日々 わが精進十二ヶ月』を映画化したものです。

映画『土を喰らう十二ヵ月』ポスタービジュアル
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

主演に沢田さん、ヒロインに松たか子さんを迎え、料理研究家・土井善晴さんが映画の料理を初めて担当。静謐な、けれども大変意欲的な作品となっています。

大自然に囲まれた、1人の男の悠々自適な生活

人里離れた長野の山荘でたった1人、自給自足の生活を送っている作家のツトム(沢田)。彼は幼い頃に奉公に出された禅寺で身につけた精進料理によって、山で収穫する山菜や畑で育てた野菜といった自然の恵みを食し、季節の変化を感じながら原稿執筆に向かっています。

映画『土を喰らう十二ヵ月』場面写真
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

そんなツトムの元を、彼の担当編集者にして恋人でもある真知子(松)が東京から訪ねてきます。食いしん坊の真知子と一緒に旬のものを料理して食べるのは楽しく、ツトムにとって特別な時間。

こうして悠々自適な暮らしをするツトムですが、彼は13年前に亡くした妻の遺骨を墓に納められずにいます。大自然に囲まれた環境の中、老いによって彼もまた“死”に近づきつつあり、“生”について考える日々を過ごすのです――。

檀ふみ、火野正平らベテランキャストが物語に与える深み

“ツトム=沢田研二”を囲むのは、大自然だけではありません。ベテラン俳優陣の存在もまた、本作が観る者に与える贅沢な時間の重要な要素。

映画『土を喰らう十二ヵ月』場面写真
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

ヒロインの真知子は編集者として頭脳明晰な一面を持つ一方で、ツトムの料理が大好きな“食いしん坊”でもあるキャラクター。松さんがチャーミングに演じ、主演の沢田さんとのやり取りがじつに愉快なものになっています。

その他のツトムの生活を支える存在として、写真屋を瀧川鯉八さんが、大工を火野正平さんが、かつてツトムが奉公していた禅寺の和尚の娘を檀ふみさんが、ツトムの亡くなった妻の母を奈良岡朋子さんが演じています。

映画『土を喰らう十二ヵ月』場面写真
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

さらに、ツトムの義弟を尾美としのりさんが、その妻を『ナビィの恋』で中江監督とタッグを組んだ経験を持つ西田尚美さんが演じ、コミカルなシーンを創出。この座組の中心に存在し続けるのが、沢田さんなのです。

映画『土を喰らう十二ヵ月』場面写真
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

スター・沢田研二という存在のあり方

筆者は平成生まれのため、沢田さんがスターとして、エンターテイナーとして一世を風靡していた姿は、インターネット上などにある動画によって知った人間です。過去の映像に収められた、気品あふれる佇まいと身のこなし――。その姿と一挙手一投足には、世代の隔たりを超えて圧倒され、魅了されるものがあります。

出演された映画では『太陽を盗んだ男』(1979年)、『ときめきに死す』(1984年)、『夢二』(1991年)といった主演作がパッと思い浮かびますが、それぞれの作品で演じていたのはどれもまったく異なるキャラクターたち。しかしいずれの作品でも、その得も言われぬスター性やカリスマ性が漏れ出ているのを感じていました。というより、そういった性質を持つ人物にしか務まらないキャラクターたちだったと思います。

映画『土を喰らう十二ヵ月』場面写真
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

一方、本作で演じているのは、山荘で暮らすごく平凡な男性(もちろん、これまでにも平凡な役柄を演じているのを知っています)。映画は大自然に囲まれた彼の存在にフォーカスし、時間は淡々と流れていきます。

ここで重要になってくるのが、このツトムという人物を誰が演じるのかという問題。いくら平凡な役どころとはいえ、ツトムには幼少期に禅寺へと奉公に出されたという特別な経験がありますし、ただ与えられた役を演じているだけでは、強力な自然の存在に取り込まれてしまいます。

映画『土を喰らう十二ヵ月』場面写真
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

むろん、それはそれで正解なのかもしれません。けれども本作は、俗世間と離れ、大自然と共存する男の物語。つまり、大自然と拮抗できるような人物でなければツトム役は務まらない。この役を沢田さんが演じているのは大いに納得です。ごく自然な振る舞いであっても、その一つひとつの所作には、やはりかつてのパフォーマンスのような美しさがあるのです。

”沢田研二しかいない”監督の思いが結実

中江監督はこのツトム役を演じられるのは「沢田さんしかいない」と考えてオファーをしたようですが、逆に沢田さんから「僕をオーディションしてくれないか」と言われたといいます。沢田さんとしては、“昔の沢田研二ではない”、“このような自分でもいいのか”、“いまの自分を画面にさらしたい”という想いがあったようです。

映画『土を喰らう十二ヵ月』場面写真
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

こうして監督の想いと沢田さんの想いは見事に結実。年齢と、特別なキャリアを重ねた者にしか纏うことのできない、そんなオーラをツトム役には感じます。ただそこにありのままの姿で存在しているだけながら、“大自然の中で生と死について考えながら生きる男”の像を沢田さんは立ち上げているのです。

映画『土を喰らう十二ヵ月』場面写真
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

沢田さんと世代の近いかたも筆者のように離れたかたも、「これから」を生きていく指針の1つとなるような存在として、彼の姿はこの映画に刻まれていると思います。

“ツトム=沢田研二”が示す生き方

未見の方もすでにお分かりかと思いますが、本作は大自然や、そこに生きる動物たちも主人公のようなものとして描かれます。実際、私たちの社会では人間が頂点にいる存在として誤解されがちですが、この映画ではその関係性がより対等です。誰もが大自然の一部に過ぎない。

映画『土を喰らう十二ヵ月』場面写真
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
写真12枚

身の回りの存在に感謝し、いまこの一瞬を丁寧に生きることの大切さ――。筆者も頭では分かっていますが、なかなかうまく実践できていません。明日も生きていられる保証のない世の中でどうあるべきかを、“ツトム=沢田研二”の姿が示してくれる作品だと思います。

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
写真12枚

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

●稲垣吾郎が映画『窓辺にて』で見せた俳優としての真価、他者を活かすことによって起こした化学反応

●横浜流星の言葉に頼らない演技に吸い込まれる…主演映画『線は、僕を描く』で見せた「瞳による表現」

関連キーワード