妻夫木聡さん(41歳)が主演を務めた映画『ある男』が11月18日より公開中です。安藤サクラさん、窪田正孝さんを共演に迎えた本作は、平野啓一郎さんによる同名小説を実写化したヒューマンミステリー。現代を生きる人々が抱えるルーツやアイデンティティの問題をめぐって、濃密なドラマが展開する作品に仕上がっています。本作の見どころや妻夫木さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
* * *
石川慶監督の美学が感じられる映画
本作は、芥川賞作家である平野啓一郎さんの小説を、石川慶監督が映画化したもの。平野さんの小説といえば、『マチネの終わりに』(2019年)や『空白を満たしなさい』(2022年/NHK総合)といった作品がこれまでに映像化され、そのたびに話題を呼んできました。
一方の石川監督はというと、映画史に名を刻む監督を数多く輩出してきたウッチ映画大学を卒業後、『愚行録』(2017年)で長編映画デビュー。それ以降、『蜜蜂と遠雷』(2019年)や『Arc アーク』(2021年)などの強いテーマ性を持った作品を意欲的に手がけ、映画ファンの支持を得てきた存在です。この『ある男』も、美しい画の構図をはじめ、映画に対する石川監督の美学が随所に感じられます。
“ある男”とは何者なのか?
かつての依頼者である谷口里枝(安藤サクラ)から、彼女の亡くなった夫である「大祐(窪田正孝)」の身元調査という奇妙な相談を、弁護士の城戸章良(妻夫木聡)が受けるところから物語は始まります。
離婚を経て息子と二人で故郷に戻った里枝は、やがてそこで大祐と出会い、再婚。二人の間にできた新しい命とともに家族4人で幸せな日々を送っていました。ところが大祐はある日、仕事中に不慮の事故で亡くなってしまうのです。
そんな深い悲しみを背負うことになった里枝を、さらなる悲劇が襲います。長いこと疎遠になっていた大祐の兄が法要に訪れた際、遺影を見て「これは大祐ではない」と口にするのです。
「大祐」として生き、「大祐」として死んだ“ある男”とは何者なのか。その正体を追う城戸は、しだいに衝撃の事実へと近づいていきます。
手練れのプレイヤーたちで固められた石川組
一筋縄ではいかないミステリアスで濃密な人間ドラマが展開する本作は、やはりというべきか、隅から隅まで手練れのプレイヤーたちで固められています。
里枝を演じる安藤さんは、残された者の悲しみがやがて戸惑いへと変わるさまを水面に波紋が広がるように静かに表現し、「大祐」こと“ある男”を演じる窪田さんは、大祐という“別人”として生きなければならなかった一人の人間の苦しみを、その表情や声に滲ませます。
本物の大祐の兄・恭一を眞島秀和さん、本物の大祐のことをよく知っていて城戸の協力者となる女性を清野菜名さん、本物の大祐を仲野太賀さんが演じているほか、小籔千豊さん、山口美也子さん、カトウシンスケさん、河合優実さん、でんでんさん、真木よう子さん、柄本明さんらが参戦。
日本の映画界の先頭に立つ、ほかの作品では主役を担うような人々が出演シーンの多寡に関わらず参加し、物語の細部にまで強度を与えています。そんな座組の中心に存在しているのが、『愚行録』ぶりに石川監督とタッグを組むことになった主演の妻夫木さんです。