
阿部サダヲさん(52歳)が主演を務めた映画『シャイロックの子供たち』が2月17日より公開中です。上戸彩さん、玉森裕太さん(Kis-My-Ft2)らを共演に迎えた本作は、池井戸潤さんによる同名小説を実写化したもの。大銀行を舞台にさまざまな思惑が交錯する物語のドライブ感や俳優陣の演技対決が楽しい、そんなエンターテインメント大作に仕上がっています。本作の見どころや阿部さんらの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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原作をベースに映画オリジナルのストーリーが展開
本作は、『空飛ぶタイヤ』『七つの会議』『アキラとあきら』が映画化されてきた作家・池井戸さんによる同名ベストセラー小説を、『居眠り磐音』(2019年)や『大コメ騒動』(2021年)などの本木克英監督が映画化したもの。本木監督といえば2018年公開の『空飛ぶタイヤ』を手がけた人でもあり、今作は監督をはじめ、メインスタッフ陣が再集結しています。

しかも、昨年放送された井ノ原快彦さん主演のドラマ版とも原作とも異なるストーリーが展開し、映画版独自のキャラクターも登場。原作やドラマに触れている方も、この映画ならではの楽しみ方ができる作品なのです。
大銀行を舞台に交錯する人々の思惑
ある日、現金紛失事件が起きた、東京第一銀行長原支店。営業課の西木雅博(阿部)は、部下の北川愛理(上戸)と田端洋司(玉森)とともに、事件の真相を探っていくことになります。

一見どこにでもありそうな小さな支店。ですが、ここの銀行員は曲者揃いです。出世コースから外れた支店長に、ことあるごとに怒鳴り散らすパワハラ副支店長。お客様一課のエースではあるものの、過去に付き合いのあった顧客からいいように使われている滝野真。そして、調査にやってきた、嫌われ者の本部検査部の黒田道春。
西木たちは上司や同僚たちのさまざまな思惑に翻弄されながら、やがて一つの真相にたどり着きます。けれどもそれは、“メガバンク”にはびこるとんでもない不祥事の始まりでしかないのです。
曲者役に配された演技巧者たち
2度目の池井戸作品の映画化に挑む本木監督のもとに集まった俳優陣。キャリアの豊富な演技巧者らが、物語を盛り上げる曲者たちを演じています。
主人公の西木とともに事件の真相を探る北川と田端に扮しているのは上戸さんと玉森さん。どちらかといえば主役どころを演じることの多いイメージの2人ですが、今作では脇役に徹し、作品に彩りを与えるようなポジションに。ベテランだらけの渋い座組とあって、2人の涼しげな声や所作が、重厚な映画の作りに軽やかさをもたらしています。


強烈なパワハラ副支店長・古川一夫を演じているのは杉本哲太さん。マシンガンのごとく繰り出される叱咤の言葉には耳を、他を圧する怒りの表情には目を塞ぎたくなるというもの。そのあまりの過激さは、やがて精神に失調をきたす部下役の忍成修吾さんの見事な受けの演技によって、よりいっそう際立っています。

そんな古川のさらに上に立つのが、柳葉敏郎さんが演じる支店長・九条馨です。彼が声を荒らげたりするようなことはほとんどありません。ただ気難しい表情を浮かべて古川の横に座っているばかり。それぞれの役割の理解と関係性の構築によって、本当に危険な人物はこの支店長の方なのだと、実に自然なかたちで示しています。

そして、物語を右へ左へと転がしていく役どころを担うのが、佐藤隆太さん、柄本明さん、橋爪功さん、佐々木蔵之介さんたち。それぞれが扮するキャラクターはまったく違いますが、どうにも掴みどころがないのは同じ。セリフの裏に巧妙に隠された真意を疑いつつ展開を追わなければならないため、西木らだけでなく、観客である私たちのことをも翻弄します。

この演技巧者たちによる演技合戦の先頭に立っているのが、主演の阿部さんなのです。
“陰と陽”それぞれの顔を使い分ける阿部サダヲの演技
この映画は少し作りが独特です。阿部さんは主演でありながら、姿を見せるのは物語がスタートしてからしばらくのこと。各キャラクターのバックグラウンドにまで焦点を当てているため、本作は“誰もが主人公”といえるものかもしれません。この現実社会において、誰もが主人公であるように。

けれども1本の映画として物語をまとめ上げるためには、やはりそのリーダーとなる人物が必要。それが阿部さんというわけです。1人で先頭を突っ走るのではなく、周囲の者が発するアクションを的確に受け止め、物語がさらに前進していくように最適なリアクションを返す。これはあらゆる作品において主役を務める者に、何よりも求められるものだと思います。“全員主役級”の本作で阿部さんは、その任を貫徹しているのです。
役柄の内面の揺れを滑らかに表現
阿部さんに対してコミカルなイメージをお持ちのかたが多いのではないでしょうか。同じ劇団所属の宮藤官九郎さんの作品をはじめ、ハイテンションで振り切れたキャラクターの数々をエネルギッシュに演じてきましたし、やはりそういった役柄の方が印象には残りやすい。ですが、昨年はドラマ『空白を満たしなさい』(NHK総合)と映画『死刑にいたる病』(2022年)で、その真逆ともいえる役どころをモノにしていました。
いずれも人間らしい感情が欠落したキャラクターで、その演技は文字どおり背筋が凍るものでした。

さすがに今作ではそこまではいかないものの、キャラクターの持つ“陰と陽”を絶妙なバランスで演じ分けています。西木は表向きは陽気な人物ですが、裏の顔、つまり“陰”の部分を持っています。この映画ではそういった人物の多面性がごく当たり前のこととして照らし出され、阿部さんもまたごく自然に演じてみせている。主演である彼が役の内面の揺れを滑らかに表現することで、周囲の人物たちの誰もが大なり小なり同じ性質を持っていることを示すのです。
現金紛失事件から見えてくる、それぞれの生き様
主人公の西木には“表と裏”、“陰と陽”があると先述しましたが、それは私たちだって同じでしょう。本作のキャラクターたちは誰もが金銭の問題を抱えています。外的要因によって困っている人がいれば、ギャンブルなど内的要因によって自らの首を締めている人もいる。大金が失くなれば、犯人は自分たちの中にいるはずだと決めつける人がいてもおかしくありません。なぜなら、誰かを疑う自分こそ金銭的な問題を抱え、犯人になる要素を持っているから。であれば、自分と同じように盗る可能性のある人間がいて当然だというわけです。

ここから見えてくるのが“人の生き方”というものです。本作は大銀行での現金紛失事件をめぐるただのサスペンスではありません。交錯する各個人の思惑を司るのは、それまでの生き方。どう生きてきたのかによって、言動は変わってきます。つまりそこに、生き様が表れるのです。もしも自分がその場に居合わせたらどう振る舞うか。皆目見当がつきません。皆さんはどうでしょうか。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun