
大泉洋さん(49歳)が主演を務めた映画『月の満ち欠け』が12月2日より公開中です。有村架純さん、目黒蓮さん(Snow Man)、柴咲コウさんを共演に迎えた本作は、佐藤正午さんによる同名小説を実写化した珠玉のラブストーリー。さまざまな人の強い想いに満ちあふれた感動作に仕上がっています。本作の見どころや大泉さんらの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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直木賞受賞の純愛小説を、『母性』などの廣木隆一監督が実写化
本作は、第157回直木賞を受賞し、累計発行部数56万部を超えるベストセラーとなった佐藤正午さんの純愛小説を、廣木隆一監督が映画化したもの。

廣木監督といえば、自身のオリジナル作品から文芸作品の実写化、そして少女マンガの実写化まで幅広く手がける作家性と職人性を併せ持った監督です。今年は『ノイズ』『夕方のおともだち』『あちらにいる鬼』『母性』といった4本もの監督作が公開され、この『月の満ち欠け』が5本目となっています。
そんな監督のもとに、大泉さんをはじめとする日本映画界のスターたちが結集。ファンタジックな物語そのものはもちろん、写実的な演出によって生み出される俳優たちの掛け合いも見どころの作品です。

1人の男がたどる、さまざまな人の想いが交差する不思議な運命
愛する妻・梢(柴咲)と娘・瑠璃を不慮の事故で失ってしまった小山内堅(大泉)。家庭も仕事も順調で幸せだったはずの彼の日常は、これによって崩壊してしまいます。それ以降は他者と深く関わることなく、静かにやり過ごす日々です。
そんな堅のもとを、ある男性が訪ねてきます。彼の名は、三角哲彦(目黒)。堅にとって初対面の三角は、驚くべきことを口にします。梢と瑠璃が事故に遭った日、“面識がないはずの瑠璃が自分に会いに来ようとしていたこと”、そして彼女はかつて三角が愛した“瑠璃という名の女性(有村)の生まれ変わりだったのではないか”と――。
悲しみに暮れる堅にとって、こんなふざけた話はありません。けれどもやがて彼は、さまざまな人の想いが交差する不思議な運命に、自分が巻き込まれていることを知るのです。
大泉洋を軸に、有村架純、目黒蓮、柴咲コウらが紡ぐ物語
すでに4名のキャストの名前を挙げているように、本作は日本映画界を牽引する俳優陣によって成り立っています。堅にとって最愛の人である妻・梢を演じる柴咲さんは決して出番が多いわけではありませんが、限られた出演シーンの中で自身のポジションをまっとう。

梢という存在は単なる悲劇のヒロインの1人ではありません。物語の“秘密”に触れてしまうので深くは言及しませんが、柴咲さんの含みのある演技によってそれが実現しています。
話題を集めたドラマ『silent』(フジテレビ系)やNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』で俳優としても大活躍中の目黒さんが演じるのは、謎の青年・三角。そして彼の想い人である正木瑠璃を演じているのが有村さんです。

この2人は、堅の物語とはまた違うところで恋愛模様を展開。それが後々、主人公である堅の物語と結びつく作りに本作はなっています。目黒さんと有村さんが静かに、けれども力強く紡ぐ物語は、それだけで独立した作品になり得る強度を持っています。2人が互いに向け合う切ない視線のやり取りは、目にするたびに涙してしまうものです。
また、堅の娘である小山内瑠璃を菊池日菜子さんが演じているほか、この瑠璃の親友であり、2つの物語を繋ぐ役割を果たす緑坂ゆい役を伊藤沙莉さん、正木瑠璃の夫役を田中圭さんが務めています。

多くのかたが分かるとおり、日本映画界のスターが結集しているのです。そんな作品を主役として率いているのが、コメディからサスペンスまで“何でもござれ”のマルチプレイヤー、大泉さんです。
大泉洋が体現する「数奇な運命」
劇中では、堅をいくつもの悲劇が襲います。そのうちの1つはもちろん、愛する家族を失ってしまうこと。映画は小山内家の誕生から崩壊までを描いています。つまり、堅と梢が結ばれて瑠璃が生まれ、幸福な家庭を築き、やがてその仲が無惨にも引き裂かれてしまう過程をです。

さらに堅を襲う悲劇というのは、愛する者たちのいない日常を生きていかなければならないこと。そして、大切な娘がまったく無関係な人間の“生まれ変わりだったのではないか”などと得体の知れない青年に言われることです。これは堅からすれば愛娘の死に対する冒涜。そんなことを言われて穏やかでいられるはずがありません。
スクリーンを超えて伝わる、心のざわめき
大泉さんといえば多くの人にとって、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合)での好演が記憶に新しいのではないでしょうか。時代劇はもちろん、コメディ色全開のものやSFなど、とにかくどんなタイプの作品にも順応してみせる稀有な俳優だと思います。

それでいえば今作は、ファンタジックな設定ではあるものの、人間ドラマの繊細さに重きが置かれた作品です。オーバーな身振り手振りも、激しく感情をぶつけ合うこともありません(全員が全員そうだというわけではありませんが)。
大泉さん演じる堅は大きな悲劇に見舞われながらもどうにか自分の足で立ち、心に凪を作って生きている人です。けれどもそんな彼の前に三角などの思いがけぬ存在が現れることで、凪はざわめきに変わります。

画面に映し出される大泉さんの表情の痺れや声の震えは、堅の心の中に広がるざわめきを訴えるもの。それはスクリーンを超えて伝わってくるものであり、大泉さんは堅が巻き込まれる数奇な運命を体現しています。
切実な想いが生み出す奇跡
本作の軸になっているのは、輪廻転生というモチーフ。あらすじなどで触れているとおり、つまりは“生まれ変わり”のことです。前世の因縁が、現世に影響を与えているのではないか――。ネタバレしない程度に本作の核に触れるのならば、こんなところです。そして因縁とは本作の場合、“誰かに対する強い想い”のことだといえます。

強い想いが、誰かへの強い想いが、“生まれ変わり”という奇跡を起こす。この映画はあくまでもフィクションですから、そんなことが本当にあり得るのかは個々人の受け止めかたしだいでしょう。ですが現実は、ありとあらゆる問題が世界規模で進行し、ときにそれらは私たちの想像力を凌駕します。そのことを考えると、切実な想いが生み出すこの奇跡を信じてみたくならないでしょうか。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun