坂口健太郎=「国民的俳優」
坂口さんといえばすでに「国民的俳優」と呼んでも差し支えない存在ではないでしょうか。俳優デビュー作である『シャンティ デイズ 365日、幸せな呼吸』(2014年)の公開からまだ10年も経っていませんが、早くから頭角を現し、映画にドラマに舞台にと幅広い活動を展開してきました。
昨年は心優しい青年に扮した『余命10年』とサイコパスなヤクザ者を演じた『ヘルドッグス』という2作が公開され、その振れ幅の大きさが多くの観客を驚かせたものです。胆大心小で硬軟自在な演技を展開できる存在なのだと証明しました。
主演映画の公開が続く一方で、朝ドラでは『とと姉ちゃん』(2016年/NHK総合)、『おかえりモネ』(2021年/NHK総合)でヒロインと心を通わせるキーパーソンを演じ、大変な話題を集めた昨年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年/NHK総合)では北条泰時という重要なキャラクターを演じました。たったこれだけ坂口さんのキャリアを記しただけでも、 彼を「国民的俳優」だと断言できる証拠は十分でしょう。
作品の世界観をも司る新境地
そんな坂口さんですが、今回の『サイド バイ サイド 隣にいる人』ではまたも新境地に達しています。
本作はとても不思議な作品で、人によっては“難解”なものだと映るかもしれません。“分かりやすさ”からはほど遠い映画だと思います。劇中にはこの映画固有の時間が流れていて、独特のリズムで物語は進行します。そのベースともなっているのが坂口さん演じる未山なのです。
映画公式サイトの監督のコメントに、“これは坂口健太郎さんの持つ圧倒的な透明感に魅了されてできた作品です。”とあります。つまりこれは、坂口さんありきの映画。優しくもどこか現実感を欠いた彼の表情と声は、そのまま本作の手触りに影響しています。
キャラクターを演じるだけでなく、作品の世界観をも司る――まさに俳優としての新境地でしょう。
この映画の時間の流れに全身を委ねて
さて、不思議な力を持つ未山とは何者なのでしょうか。『サイド バイ サイド 隣にいる人』といういろんな含みを持つタイトルは何を示しているのでしょうか。
本作は多くの観客の中に、いくつもの「?」を生じさせる作品だと思います。それについてぐるぐる考えてもいいし、「?」は「?」のままにしてもいいのではないかと筆者は思います。未山が不思議な力を持っているように、この映画は不思議な力を持っているのです。
先述しているように、劇中にはこの映画固有の時間が流れています。そんな時間の流れに全身を委ねてみてはいかがでしょう。きっと特別な映画体験になるはずです。
◆文筆家・折田侑駿
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun