安藤サクラは“国民的俳優”
本作の中心人物の一人を演じる安藤さんといえば、『万引き家族』でも主演を務めていました。同作での演技は日本アカデミー賞最優秀主演女優賞の受賞をはじめ、国内外で大きな話題を集めていたのが記憶に新しいところ。特に彼女の“泣きの演技”は絶賛されました。
2018年から2019年にかけて放送された朝の連続テレビ小説『まんぷく』(NHK総合)ではヒロインを務め、昨年は映画『ある男』での演技で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。前クール最大の話題作となったドラマ『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)でも主演を務め、こちらでの演技も高く評価されました。
このキャリアを見れば、安藤さんのことを“国民的俳優”と呼んでも差し支えないでしょう。世界が注目する是枝監督最新作の中心に据えられているのも納得というものです。
視点の転換によるキャラクターの見え方の差異をリアルに表現
そんな安藤さんの演技は今作でもすごい。愛する我が子の異変に気づき、学校で何か問題が起こっていると疑い、たった一人で教師たちと対峙し、やがて姿を消す息子の背中を追っていく。この過程における変化を滑らかに表現しつつ、激しく揺れ動く早織の内面を私たち観客に提示します。とはいえそれはオーバーなものではありません。リアリティを追求する是枝監督の作品ですから、ごく一般的な母親像の域を出るものではない。愛する子どもに異変が起きたとき、学校側に不信感を募らせた母親がどうなるのか。そのリアルに肉薄しているのです。
そして本作の重要なギミックである視点の転換により、ときに早織の姿も違って見えます。早織視点の場合は彼女の内面が伝わってきますが、これが保利先生の視点になると外面的な要素ばかりが伝わってくる。そこにあるのは怒れる母親の姿です。共演者の存在や演出の力があってこそ成立するものだというのは当然ですが、この微妙な差異を徹底的にリアルに安藤さんは演じてみせているのです。
怪物とは何なのか?
さて、本作のタイトルにもなっている「怪物」とは何なのでしょうか。作品の核心に触れてしまうため、あまり深く言及するのはやめておきます。ただいえるのは、本作が群像劇だということです。ここまで繰り返し述べてきたように、視点は転換していきます。
群像劇とは、さまざまな視座から世界の様相を知ることができるもの。誰かの視点を介せば聖人のような人間でも、また別の誰かの視点を介せば不浄な人間に映ることがある。その逆もまた然り。これが人間関係というものなのではないでしょうか。
“認識”のしかたは一人ひとり違う。特定の個人の視点だけで何かを断定したり、世の中で「当たり前」とされていることを他者に押しつけるのは危険な暴力です。「怪物」とは、あるときふっと私たちの胸の内に現れるものなのかもしれません。
◆文筆家・折田侑駿
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun