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俳優・生田斗真の「個性を打ち消すパフォーマンス」「抑制の利いた新鮮な演技」 主演映画『渇水』で見せた新境地

映画『渇水』場面写真
(C)「渇水」製作委員会
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生田斗真さん(38歳)が主演を務めた映画『渇水』が6月2日より公開中です。門脇麦さん、磯村勇斗さん、尾野真千子さんらを共演に迎えた本作は、1990年に発表された故・河林満さんの同名小説を映画化したもの。とても静かな作品ながら、現代社会を生きる私たちへの切実なメッセージにあふれた映画に仕上がっています。本作の見どころや生田さんらの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

30年以上前の文学作品を初めて映画化

本作は、1990年に文學界新人賞を受賞し、芥川賞候補ともなった河林さんの同名小説を、間もなく『愛のこむらがえり』も公開される高橋正弥監督が映画化したもの。企画プロデュースを務めたのは、『孤狼の血』(2018年)や『死刑にいたる病』(2022年)などの骨太な作品を次々と発表する白石和彌監督です。

映画『渇水』ポスタービジュアル
(C)「渇水」製作委員会
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現在公開中の日本映画と比べると派手さに欠ける作品かもしれません。ですが、いまのこの社会を生きる私たちが受け取るべきメッセージの込められた良質な映画作品となっています。観る人によっては「傑作」と呼べるものだとも思います。

“水を停める”男の渇いた日々

市の水道局に勤める岩切俊作(生田)。日照りが続く夏、彼は同僚の木田(磯村)とともに水道料金を滞納する世帯を訪ねて回っていました。

彼の仕事は水道料金支払いの督促であり、それを拒否された場合は水道を停めなければなりません。水は生きていくために欠かせないものであり、それを失うというのは人間としての尊厳を脅かされるということです。

岩切は妻・和美(尾野)や子どもとの関係がうまくいかず、彼自身も渇いた日々を送っています。

映画『渇水』場面写真
(C)「渇水」製作委員会
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そんな岩切は、県内全域で給水制限が発令される中、幼い姉妹と出会います。シングルマザーである有希(門脇)は水道料金の支払いを拒否したまま、この姉妹を残して帰ってきていません。

ライフラインである水を停めるべきか葛藤しながらも、岩切は規則に従って停水を執行するのです――。

門脇麦、磯村勇斗、尾野真千子ら粒ぞろいの座組

主人公・岩切を囲む登場人物たちを手練れの俳優陣が演じている本作。

門脇麦さんが演じているのは、幼い姉妹を育児放棄状態にしてしまっている女性・小出有希です。ままならない現実を前にやむを得ず水道料金を滞納し、子どもたちに寂しい思いをさせていますが、彼女も岩切と同じく“渇き”を内に抱えた人物。悪人だと簡単には言い切れないキャラクターを、影のある演技で複雑に表現しています。

映画『渇水』場面写真
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岩切の同僚・木田を演じている磯村勇斗さんは、気だるげな声と表情で等身大の現代人を体現。私たちの生きる世界のどこかに確実にいるであろう存在を、非常にリアルに演じています。

映画『渇水』場面写真
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岩切の妻・和美を演じる尾野真千子さんは主要な登場人物たちの中でも出番は短いように感じますが、登場のたびに、いまは関係がうまくいっていない夫である岩切という人物の背景を浮かび上がらせてみせています。脇に徹しながらも好演が光っているのです。

映画『渇水』場面写真
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さらに、岩切と交流をする幼い姉妹を山崎七海さんと柚穂さんが瑞々しい演技で表現しているほか、宮藤官九郎さん、宮世琉弥さん、吉澤健さんらが水道料金滞納者をそれぞれ演じ、柴田理恵さんが小出家の近所の住民役、池田成志さんが岩切の上司役に。そして、篠原篤さん、森下能幸さん、田中要次さん、大鶴義丹さんらが出番の多寡に関わらず本作の世界観を支えています。

そんな粒ぞろいの座組の中心に立っているのが、生田斗真さんというわけです。

俳優・生田斗真の新境地がここに

生田さんといえば俳優として、常に最前線を走り続けてきた存在です。ですが演じる役の傾向としては、キャラクター性の強いものが多かった。例えば、『土竜の唄』シリーズ(2014-2021年)や『予告犯』(2015年)、『秘密 THE TOP SECRET』(2016年)など、彼が主役を務めた作品はいずれもマンガ作品が原作です。

スクリーンデビュー作である『人間失格』(2010年)は言わずと知れた太宰治による傑作文学を映画化したものですが、これまた主人公・大庭葉蔵という人物がかなりクセのあるキャラクター。演者本人の個性が立っていなければ、役は成立しないでしょう。つまり、生田さんがこれだけキャラクター性の強い人物を演じてこれたのは、彼自身に固有の個性があったからです。

映画『渇水』場面写真
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けれども今作で演じている岩切は、これまで演じてきたキャラクターたちとはまったく違います。表情というものはほとんどなく、目に光がなければ声にも覇気がない。生田さん自身の個性も打ち消すようなパフォーマンスに、彼の俳優としての新境地が垣間見えます。

私たちの心情を代弁

言ってしまえば岩切とは、とても地味な人物です。ただ規則に従い、受動的に生きている人間ですから。本作のほかの登場人物たちが感じているであろう気持ちと同じで、彼はあくまでもただの水道局職員でしかない。生田さんの抑制の効いた演技は新鮮です。

しかしそんな岩切がある瞬間、能動的にアクションを起こします。それはままならない現実に対するささやかな抵抗の意志の表れ。彼の言動は、同じ現代社会を生きる私たちの心情を代弁するもののように感じます。

映画『渇水』場面写真
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かといって生田さんのパフォーマンスは熱演に陥るものではありません。あくまでも受動的に生きていた頃の岩切の人生と地続きです。まさに栓が外れて水が溢れ出すように、“内なる叫び”を体現しているのです。

水=他者との繋がり

本稿では、主演の生田さんをはじめとする俳優陣の魅力について主に書いてきましたが、この映画は芸術作品としてもとても優れています。日照りが続いているはずなのに、岩切らが住む街には光が差しません。モチーフとして扱われる「水」は、他者との繋がりを表象しています。水道料金を支払わない人々は、そこにいかなる理由があったにせよ、社会から排除されてしまうのです。いかなる理由があったにせよ、です。

映画『渇水』場面写真
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主人公・岩切のアクションは、これに異議を唱えるもの。社会で「当たり前」とされている規範に収まることのできない人々は確実に存在します。この渇ききった世界の中で、もっと想像力を働かせ、生きてみる。繋がっているようで、あちこちで断絶が起きているのがいまの社会です。岩切の姿は、きっとあなたの心に一滴の水を与えてくれることでしょう。

※高橋正弥監督の「高」は正式には「はしごだか」。

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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