
音楽好きなら、誰しも一度は憧れるであろう「バンド」活動。今から30年以上前、バブル期の前後には、女性だけで編成されるロックバンドや女性ボーカルのバンドが多数登場し、人気となりました。その象徴的存在であるトップ・ガールズバンド「プリンセス プリンセス」と、渡瀬マキがボーカルを務める「LINDBERG」について、ライターの田中稲さんが振り返ります。
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若かりし頃、猛烈にバンドに憧れていた。ボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボード、コーラス、ホーン。編成は様々だが、「音楽の一部を自分が作り上げる」という尊い責任感をそれぞれが持ち、それが一体化したとき名曲が生まれるのだ。ああ、どれだけ楽しく達成感があるのだろう!
しかし、同時にハードルが高いイメージもある。なにせ少人数の団体行動である。しかも個性を重要視する芸術肌、音にこだわりを持つ職人肌という、ある意味かなり面倒な気質の人たちが集まるわけで、「まとまって、しかも名曲を生む」というのは大変な気がする。

そのため、最高にかっこいい表情と超絶テクニックで演奏しているグループが出ると、「奇跡!」と思い見惚れてしまう。レベッカはNOKKOを中心に、天から落ちてくる声を体中で受け止めて歌うシャーマンのようだったし、SHOW-YAは、嵐を巻き起こす風神のようだった。
なんと羨ましく、なんと遠い存在……。

「特別感」と「親近感」が絶妙なプリプリ
憧れるけれど、違う世界線の人たち。そんなバンドに対しての距離感が少し縮まったきっかけは、プリンセス・プリンセスであった。
彼女たちのすごいところは、演奏、歌ともに簡単に真似できるレベルではないのに、「私も、彼女たちのように輝ける気がする」と思わせてくれたところだ。
もちろん、思うだけ。でもいいのだ。演奏をしている彼女たちが「ラッキー」「ハッピー」そのものみたいな感じで、自分もその中にトリップできる。特別感と親近感とのバランスが絶妙なのである。

カラオケでは『Diamonds』『世界でいちばん熱い夏』は世代を超え争奪戦。歌えなかった者は、頼まれもしないのにコーラスに回る、もしくはマイクなしで勝手に歌う。特に『Diamonds』は、「ダーイアモンドだね〜! ああ!」「ああ!」「いっくつかの場面ー! 今!」「今!」というコール&レスポンスに全員が参加し、最終的にすごいテンションに仕上がることが多く、一体感が半端ではない。
かと思えば、『M』や『ジュリアン』のように、もどかしさ、気持ちの整理のつかなさを、やわらかなメロディーに詰め込み、共感という形でその場を包み込んでくる。
そうして、日常のワンシーンがキラキラに思えて、ああ、私もあの人もみんな、自分の世界のプリンセスなのだと思えるのである。

聴いて爽快なLINDBERG・渡瀬マキの歌声
さて、プリプリともう一組、心の横にいてくれるような「友達感」を抱いたバンドが、LINDBERGだ。
大ヒットしたセカンドシングル、『今すぐKiss Me』といえば、1990年のドラマ『世界で一番君が好き!』の主題歌。この曲をバックに、浅野温子さんと三上博史さんが、エレベーターですれ違いざま、自転車で後ろから抜かすタイミング、渋谷スクランブル交差点で車の窓から乗り出し……、と様々なパターンでトリッキーなキスをするオープニング映像はもはや伝説だ。7月1日放送の「THE MUSIC DAY 2023」では、『行列のできる相談所』のレギュラーの皆さんがバンドを結成し、この『今すぐKiss Me』を演奏。ああ、青春が地鳴りレベルの音を立ててこちらに向かってくる!

LINDBERGのボーカルの渡瀬マキさんの声は、とても力強い。呼吸するたびに生まれ出る純粋なパワーみたいなものが、小さな彼女の体からボンボンと出てくる感じで、聴いていて爽快なのだ。当時、彼女が鉄腕アトムのTシャツを着ていて、あまりにもイメージがぴったりで、今もすごく覚えている。
バンド全体に不思議なコドモ感があり、それをみんなで楽しんでいるような、広い原っぱのようなグループに見えた。『BELIEVE IN LOVE』、『さよならBeautiful Days』も名曲。さびしさがあれば幸せがきて、さよならの横には、ありがとうがある。シンプルだけどやさしいメッセージは、ラララ時を超えて、今も心にまっすぐに!

なんて素敵なんだろう。なんて元気が出るんだろう。もちろん、そこまで行くには壮絶な練習量があったはず。ハードルは高いのはわかっているけれど、自分も行動に出てみたら案外できるんじゃないか? 実は30になった頃、突如そう思い立ち、アマチュアバンドのキーボード募集に応募したことがある。
ところが、出された課題はサザンの『希望の轍』。イントロを弾きなさいと突然言われ、まったく弾けず、キーボードの前で銅像のように立ち尽くして終わった。その場に流れたのは曲ではなく、心配そうな周りの空気。「希望」ではなく、絶望の轍……。苦い苦い思い出である(思い出しただけで泣きそう)。
「楽器を演奏し、周りも幸せにするという奇跡的瞬間を味わってみたい」というバンドへの夢は、あれで気が済んだというか、あきらめがついた。

プリプリにもLINDBERGにもなれなかった。それでも、今でも彼女たちの彩り豊かなサウンドを聴くと、バンドに憧れたあの頃の自分も思い出し、ふんわりと甘酸っぱい気持ちになる。そして、今でも輝く音を手に掴みたくなるほどドキドキするのだ。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka