聴いて爽快なLINDBERG・渡瀬マキの歌声
さて、プリプリともう一組、心の横にいてくれるような「友達感」を抱いたバンドが、LINDBERGだ。
大ヒットしたセカンドシングル、『今すぐKiss Me』といえば、1990年のドラマ『世界で一番君が好き!』の主題歌。この曲をバックに、浅野温子さんと三上博史さんが、エレベーターですれ違いざま、自転車で後ろから抜かすタイミング、渋谷スクランブル交差点で車の窓から乗り出し……、と様々なパターンでトリッキーなキスをするオープニング映像はもはや伝説だ。7月1日放送の「THE MUSIC DAY 2023」では、『行列のできる相談所』のレギュラーの皆さんがバンドを結成し、この『今すぐKiss Me』を演奏。ああ、青春が地鳴りレベルの音を立ててこちらに向かってくる!
LINDBERGのボーカルの渡瀬マキさんの声は、とても力強い。呼吸するたびに生まれ出る純粋なパワーみたいなものが、小さな彼女の体からボンボンと出てくる感じで、聴いていて爽快なのだ。当時、彼女が鉄腕アトムのTシャツを着ていて、あまりにもイメージがぴったりで、今もすごく覚えている。
バンド全体に不思議なコドモ感があり、それをみんなで楽しんでいるような、広い原っぱのようなグループに見えた。『BELIEVE IN LOVE』、『さよならBeautiful Days』も名曲。さびしさがあれば幸せがきて、さよならの横には、ありがとうがある。シンプルだけどやさしいメッセージは、ラララ時を超えて、今も心にまっすぐに!
なんて素敵なんだろう。なんて元気が出るんだろう。もちろん、そこまで行くには壮絶な練習量があったはず。ハードルは高いのはわかっているけれど、自分も行動に出てみたら案外できるんじゃないか? 実は30になった頃、突如そう思い立ち、アマチュアバンドのキーボード募集に応募したことがある。
ところが、出された課題はサザンの『希望の轍』。イントロを弾きなさいと突然言われ、まったく弾けず、キーボードの前で銅像のように立ち尽くして終わった。その場に流れたのは曲ではなく、心配そうな周りの空気。「希望」ではなく、絶望の轍……。苦い苦い思い出である(思い出しただけで泣きそう)。
「楽器を演奏し、周りも幸せにするという奇跡的瞬間を味わってみたい」というバンドへの夢は、あれで気が済んだというか、あきらめがついた。
プリプリにもLINDBERGにもなれなかった。それでも、今でも彼女たちの彩り豊かなサウンドを聴くと、バンドに憧れたあの頃の自分も思い出し、ふんわりと甘酸っぱい気持ちになる。そして、今でも輝く音を手に掴みたくなるほどドキドキするのだ。
◆ライター・田中稲
1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka