
日本人の平均的な睡眠時間は1日、6時間35分ほど。国際平均からは45分短く、働き者の日本人らしい数字ですが、それでも生活の3割弱は寝て過ごしている計算となり、いかに快適な睡眠を取れるかが人生の豊かさにも直結すると言えそうです。
そこで、スウェーデン・ウプサラ大学の神経学者・クリスティアン・ベネディクト氏と健康問題を20年追ったヘルスジャーナリスト・ミンナ・トゥーンベリエル氏が、人間の生活に欠かせない睡眠のさまざまな謎を解き明かした著書『熟睡者』(サンマーク出版)から一部抜粋、再構成してお届けします。
心臓や血管系に欠かせない睡眠中の「回復・再生ステージ」
ランニングをしていても、洗濯物を干していても、自転車で買い物に出かけても、料理をしていても、本を読んでいても、泣いていても、笑っていても、私たちが何をしようと、いついかなるときにも、酸素が含まれた血液を体中に送り出すために心臓はフル回転で働いている。

酸素を届け終わって心臓に戻ってきた血液は、右心室から肺動脈を経由して肺へ送られ、そこで二酸化炭素を放出し、新たに吸い込んだばかりの酸素を取り込む。
酸素がたっぷりと含まれた血液は肺静脈を通り左心房に運ばれ、そこから左心室を介して大動脈へ入り、命の維持のために大切な酸素を全身の組織に送り届ける。
このプロセスが非常に多くのエネルギーを要することは、想像に難くない。だからこそ、心臓や血管系にとって睡眠中の回復・再生ステージは不可欠なのだ。
睡眠中「心臓のたんぱく質」が入れ替わる
心臓、血管とも、睡眠中であっても完全に休むことはない。だが、睡眠の最初の2〜3時間は脈拍や血圧が下がるため循環器系の負担は軽減する。睡眠中には、損傷を受けた心臓のたんぱく質が、新鮮なたんぱく質と入れ替わることも研究で確認されている。

必要な睡眠が確保できないと、この修復プロセスが阻害され、心臓に負担がかかりやすくなる。心房と心室の間の連携にも乱れが見られるようになり、不整脈が生じる可能性がある。これは、脳卒中や心臓発作などの心血管疾患につながりかねない。
アメリカで行われた研究を見ると、不眠症と診断された人は睡眠障害と無縁の人に比べ、不整脈を発症するリスクが29%上昇すると示された。夜中にたびたび目が覚めることを訴える被験者も、睡眠に問題のない人に比べ、不整脈になる確率が26%高かった。
睡眠不足はさらに、循環器系に有害とされるLDLコレステロールの増加、血圧および血中脂質値の上昇、そして高血糖を引き起こす可能性がある。これらはいずれも心血管疾患の発症リスクを高める要因だ。
医学専門誌『小児科』に発表された研究では、睡眠時間が短い、または睡眠の質の悪いティーンエイジャーでさえ、これらの変化が確認されたという。
人生の始まりから終わりまで、生涯を通して睡眠を優先させることが何より大切なのだ。
睡眠時無呼吸症候群──30秒息を止めるようなもの
心臓と血管にとくにストレスがかかるのが「睡眠時無呼吸症候群」だ。

これは睡眠中に少なくとも10秒、1 時間に5回以上、定期的に呼吸が停止する疾患で、呼吸が停止している間、血中の酸素濃度は5〜10%低下する。
睡眠時無呼吸症候群の重症度合は、1時間あたりの呼吸停止回数を測定し、無呼吸・低呼吸指数(AHI)と比較して算出される。なおAHIでは、1時間あたりの無呼吸・低呼吸が0〜5未満を正常、5〜15未満を軽度、15〜30未満を中度、30以上を重度と分類している。
呼吸が停止する頻度が高いほど、また1回の停止時間が長いほど、影響も深刻になる。呼吸停止が何度も繰り返されると、体はいずれ完全に消耗してしまう。試しに、30秒間息を止めてみてほしい。
これが重度の睡眠時無呼吸症候群の患者によく見られる状態だ。全身がどれだけ疲弊するか、実感できるのではないだろうか。
血圧上昇により心血管に問題が生じるリスク
血中の酸素濃度が低下すると血管系のセンサーがこれを検知し、新鮮な酸素を取り込もうと血管系は慌てて肺に血液を送り込む。さらに脳に酸素不足が伝えられる。すると脳は「大変だ、命の危機だ!」と言わんばかりに、神経刺激を介して心臓に「もっとポンプに力を入れて血液を送ってくれ!」と要請する。同時にストレスホルモンであるアドレナリンとコルチゾールを分泌し、心臓と血管に次のように指令を送る。「問題が発生した、酸素が足りない。心臓は鼓動を速めてくれ! 血管、君たちはもっと早く肺に血液を送り返すように!」。
このような事態が1時間に何度も、そして毎晩のように起こると、血圧が上昇し、心血管に問題が生じかねないことは容易に想像できる。心臓は本来、夜間、しかも1時間に何度もそのような激しい「闘争・逃走反応」に対処するようには設計されていない。体内のストレスシステムが緊急出動態勢にある以上、深い眠りにはつけず、睡眠の休息・回復効果は失われてしまう。睡眠が妨げられることは体にとって真のストレスあるいは負担要因となり、朝、疲労困憊で目を覚ますことになる。
このような呼吸停止は、循環器系にとって大きな負担だ。
それはまるで車のギアを1速に入れたまま、アクセルとブレーキを交互に踏んで運転しているようなものだ。どこかの時点で、モーターはとても付き合いきれないとばかりに壊れてしまうだろう。
「舌」がのどの気道を狭める
心臓と血管は強いストレスを受けることになり、長期的には、心臓病や動脈硬化、さらには脳卒中につながる可能性がある(脳卒中患者のほぼ60%が睡眠時無呼吸症候群に苦しんでいる)。

とくに危険なのは、筋肉が最も弛緩した状態にあるレム睡眠中の呼吸停止。睡眠時無呼吸症候群は通常、気道が狭くなることで起こるが、睡眠中に舌が弛緩すると気道がさらに狭くなるのだ。
深い睡眠中とは異なり、レム睡眠中は心臓のリズムも安定しない。1分間の心拍数は大きく変動し、60回、80回、50回、100回の間を行ったり来たりする。この状況で無呼吸になると、循環器系にさらに負担をかけることになる。
そのため未治療の睡眠時無呼吸症候群の人の心臓発作は、明け方や早朝の睡眠時に多く見られるレム睡眠中に起こることが少なくない。
大半のケースは閉塞性睡眠時無呼吸症候群
睡眠時無呼吸症候群は、「閉塞性睡眠時無呼吸症候群」と「中枢性睡眠時無呼吸症候群」の2種類に分けられる。後者は非常に稀で、脳の呼吸中枢機能に異常が生じることで発症する。
大半のケースは閉塞性睡眠時無呼吸症候群であり、原因としては次のものが挙げられる。

過体重:首まわりに脂肪がつくことで、上気道が狭められる。上気道はとくにレム睡眠中に弛緩するため、気道のさらなる閉塞が呼吸停止を引き起こすおそれがある。
加齢:年を重ねるとともに筋力は低下する。上気道を支える筋肉も例外ではなく、上気道を拡げる筋肉の力が弱まることで、睡眠中の気道が狭くなる。
顎:人によっては解剖学的に上顎と下顎のバランスが悪く、噛み合わせがよくないことがある。睡眠中に舌が弛緩すると、顎の位置がよくないために舌が少し後方に落ち込み、上気道の空気の通り道が狭くなってしまう。
甲状腺機能低下症:甲状腺が甲状腺ホルモンを十分に分泌できないと、過体重のリスクが高まる。加えて、甲状腺機能低下症は舌の肥大化をともなうことがあり、上気道の筋肉の働きを妨げる可能性がある。これらすべてが、睡眠時無呼吸症候群のリスク増大につながる。
アルコール摂取量:アルコールは筋肉の弛緩をもたらすため、就寝直前のアルコールの過剰摂取は睡眠中に一時的な呼吸停止をもたらすことがある。
無呼吸にはいくつか「兆候」がある
睡眠時無呼吸症候群かどうかは、どのように判断すればよいのだろうか。ほとんどの患者は、無呼吸が続いたあとに大きく息を吸い込む音で目を覚ましたパートナーに指摘されて気づくようだ。

人口の約5%が睡眠時無呼吸症候群に悩まされているといわれるが、実際の数はもっと多いと推定される。無呼吸で目が覚めるとは限らないので、パートナーに指摘されることのない独り身の人は、症状に気づいていない可能性がある。
夜しっかり寝ていても昼間に疲労感がつきまとう
だが、睡眠時無呼吸症候群に悩まされていることを暗示する、誰でもチェックできる兆候がいくつかある。
「夜十分な睡眠をとっているにもかかわらず昼間も疲労感がつきまとい、そのために絶え間なくコーヒーを飲みつづけている」「睡眠の質の悪さを補うために昼寝をしている」もしくは「ほかの人よりも長く寝ているうえに昼寝もしている」といった場合には、睡眠時無呼吸症候群を疑う価値がある。未治療の閉塞性睡眠時無呼吸症候群は、高血圧、多汗、そして夜間の頻尿をともなうことも多い。
睡眠障害の治療を目的に医師を訪れた際に、睡眠時無呼吸症候群であることが発見されるケースも珍しくない。睡眠時無呼吸症候群が疑われる場合には、医師はあらゆるリスク要因を検証したうえで、専門の睡眠クリニックを紹介してくれるはずだ。
◆教えてくれたのは:ジャーナリストで作家のミンナ・トゥーンベリエル氏、
スウェーデン・ウプサラ大学准教授、睡眠研究者のクリスティアン・ベネディクト氏

クリスティアン・ベネディクト(Christian Benedict)
1976年、ドイツ・ハンブルク生まれ。スウェーデン・ウプサラ大学准教授、神経科学者、睡眠研究者。キール大学の栄養科学修士課程を修了。リューベック医科大学で神経内分泌学を研究、博士号を取得。2013年よりウプサラ大学の教壇に立つとともに、同大学の睡眠研究を牽引。
ミンナ・トゥーンベリエル(Minna Tunberger)
ジャーナリスト、作家。約20年にわたり、スウェーデン通信(TT)や日刊紙「スヴェンスカ・ダーグブラーデット」等の主要メディアに健康をテーマにした記事を執筆。