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【今旬女優の魅力解説】松岡茉優、窪田正孝や佐藤浩一ら相手に見せた技巧 “演技の転調”で作品を牽引

「愛にイナズマ」場面写真
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
写真12枚

松岡茉優(28歳)さんと窪田正孝さん(35歳)が主演を務めた映画『愛にイナズマ』が10月27日より公開中です。『舟を編む』(2013年)や『町田くんの世界』(2019年)などの石井裕也監督の最新作である本作は、理不尽な社会の“いま”に対する切実な想いがこれでもかと溢れているもの。主演の2人をはじめとする豪華俳優陣の力を得て、強いメッセージ性を持った作品に仕上がっています。本作の見どころや松岡さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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松岡茉優×窪田正孝×石井裕也監督

『愛にイナズマ』は、『川の底からこんにちは』(2009年)や『舟を編む』が国内外で高く評価され、精力的に映画作品を手がける石井裕也監督のオリジナル最新作です。

石井監督といえば、『生きちゃった』(2020年)や『茜色に焼かれる』(2021年)、『アジアの天使』(2021年)、10月13日から公開中の『月』など、近年はとくに現代社会に翻弄される市井の人々を描いてきました。

「愛にイナズマ」ポスタービジュアル
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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そんな彼の最新作では松岡さんと窪田さんが初共演を果たし、コロナ禍の現代を舞台とした物語を展開していきます。理不尽な社会に打ちのめされた男女が、離ればなれになっていた家族の力を借りて反撃を試みる作品なのです。

傷ついた男女が家族とともに社会に反撃

物語の舞台は、コロナ禍がやってきた日本。折村花⼦(松岡)はずっと夢見ていた映画監督デビューのチャンスを目の前にしています。

苦しい生活に耐え、彼女の価値観を否定する助監督のセクハラをどうにかかわし、あともう少し。そんな折、花子は初めて入ったバーで不思議な魅力を持つ青年・舘正夫(窪⽥)と出会います。空気は読めないものの、彼が発する言葉はいつも真っ直ぐです。

人生が上向きはじめたかもしれない――そう思った矢先、プロデューサーに騙された花子はすべてを失ってしまいます。それはまるで、この社会の誰のことも信じられないような状況です。

「愛にイナズマ」場面写真
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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そんな彼女に正夫は真っ直ぐ、問いかけます。このままでいいのかと。

花子は10年以上も疎遠だった家族を集め、自分にしか生み出すことのできない映画を撮ろうと彼らにカメラを向けます。理不尽な社会に対して、反撃に出るのです。

石井組常連の存在も頼もしい演技合戦が展開

主演の2人が石井監督の作品に参加するのは、これがはじめてです。けれどもさすがは日本のエンタメ界の中枢を担う2人。手練れの俳優陣とともに、見事な演技合戦を展開させています。

「愛にイナズマ」場面写真
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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主演の1人である窪田さんといえば、今年は銭湯を舞台にした『湯道』、最強のボクサーを演じた『春に散る』、とある家族が怪奇現象に見舞われる『スイート・マイホーム』などの出演作が公開されました。この3作品を並べただけでも彼のキャリアの豊かさや、俳優としての幅の広さが分かることでしょう。

そんな窪田さんが今作で演じるのは、空気は読めないものの、その言動に嘘がない青年・舘正夫。周囲の俳優との掛け合いにおいて独自のリズムを貫く演技を展開させ、どこか浮世離れしたところのある人物像を窪田さんは作り上げています。松岡さん演じる花子が惹かれるように、それは私たち観客にとっても魅力的に映るに違いないでしょう。

「愛にイナズマ」場面写真
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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花子の呼びかけによって再会する折村家の長男・誠一を演じているのは、池松壮亮さんです。誠一は合理的で、口だけはうまい。主演作『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017年)をはじめ、いくつもの石井監督作品を支えてきた彼が、今作でも重要な役どころを担っています。

折村家の次男・雄二を演じているのは、『生きちゃった』での好演も記憶に新しい若葉竜也さん。雄二は誠一とは対照的で、抱えた想いを口にはせずに飲み込み、ストレスを溜め込んでいる人物です。その一挙一動からは“現代人のリアル”が垣間見えます。

そして折村家の父・治を演じるのは、佐藤浩一さん。厳格な態度で一家を締める……かと思いきや、妻に愛想を尽かされ出て行かれた、どうにも頼りない人物です。父親として子どもたちの前で本音を隠し、どっちつかずの態度を取るところなどがとても人間くさい。佐藤さんを中心とした演技の掛け合いは、「これぞ演技合戦!」と言いたくなるものになっています。

「愛にイナズマ」場面写真
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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さらに、仲野太賀さん、趣里さん、高良健吾さん、MEGUMIさん、三浦貴大さん、鶴見辰吾さん、北村有起哉さん、益岡徹さんらがそれぞれ折村家を囲む重要な役どころに。

この座組を窪田さんと率い、演技合戦をリードしてみせているのが松岡茉優さんなのです。

作品を牽引する俳優・松岡茉優という存在

好評のうち、9月に放送が終了したドラマ『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』(日本テレビ系)での好演が多くの視聴者に鮮明な印象を与えた松岡さん。まだ20代でありながら、あちらの作品では30人もの若手俳優たちを主演として率いてみせていました。

今作は人数こそ多くはないものの、彼女が相手にするのは一人ひとりが日本が誇る演技巧者です。けれどもやはり、子役からの豊富なキャリアに裏打ちされた技は熟練の域に達していると感じさせるほどのもの。胆大心小なパフォーマンスを展開させては折村家だけでなく、作品そのものを牽引してみせています。

「愛にイナズマ」場面写真
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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思い返せば松岡さんは、2019年公開の『ひとよ』(2019年)でも、母親役である田中裕子さんを中心に、佐藤健さん、鈴木亮平さんらと家族を演じていました。あれから早4年。もちろん演じる役は違うわけですが、それでもこの同じく家族の肖像を描いた作品をとおして、彼女の俳優としての進化/深化ぶりを堪能できることでしょう。

演技の転調ぶりが凄まじい……

本作における松岡さんの演技の特筆すべきところは、その転調ぶりにあります。

映画の前半では、正夫との出会いと花子の挫折が描かれます。そこで松岡さんが体現するのは、特別な存在を前にした1人の女性の姿であり、社会の理不尽に押し潰されそうな若者の実像です。

抑制の効いた等身大の演技は、彼女と同世代の人々にとっては鏡のようでしょう。それはこの社会とどうにか折り合いをつけていこうとする生活者の姿でもあります。

「愛にイナズマ」場面写真
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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けれども映画の後半では、その印象がまるで変わります。

彼女が目の前にしているのは社会ではなく、ほとんど絶縁状態にあった家族。獰猛で冷徹な獣のような存在として、花子は家族に揺さぶりをかけます。けれどもそれは追い詰められて彼女の“人が変わってしまった”というよりも、肉親を前にしているからこその剥き出しの姿のように思えます。

「愛にイナズマ」場面写真
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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「愛にイナズマ」場面写真
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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これもまたリアル。映画の前半での松岡さんは感情を平坦なものとしてコントロールし、後半ではそこから解放され自由に乱れていくさまを表現しています。この変わりぶりは共演者の存在や石井監督の演出あってのものなのでしょうが、やはり彼女の“技巧”あってこそのもののように思います。

社会の理不尽にどう立ち向かっていけばいいのか

花子たちの生きる社会と同じように、私たちの社会にもコロナ禍がやってきて、多くのかたが理不尽な仕打ちを受けたことと思います。筆者もその1人です。というか、何の仕打ちも受けなかったという人はいないのではないでしょうか。この社会で生きている以上は。

この映画では各々のキャラクターが、それぞれに信じられる存在を見つけます。言い換えるならばそれは、心の拠り所となるような存在。

「愛にイナズマ」場面写真
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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自分たちなりの連帯の仕方で、自分たちなりの共闘をしていけばいいのではないでしょうか。手を取り合う仲間は家族なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。

あなたはどうでしょうか。筆者には数人、いますぐに思っていることをぶつけたい(=聞いてほしい)存在が浮かびました。

◆文筆家・折田侑駿さん

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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