
大泉洋さん(51歳)が主演を務めた映画『ディア・ファミリー』が6月14日より公開中。共演に菅野美穂さんらを迎えた本作は、心臓疾患を抱えた娘を救うべく医療器具の開発に心血を注いだ男と、その家族の愛の物語を描くもの。驚異の実話を基にした、胸が温まる作品に仕上がっている。本作の見どころや大泉の演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説する。
* * *
“奇跡の実話”を大泉洋主演で映画化
本作は、ノンフィクション作家・清武英利さんによる『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』を原作とした“奇跡の実話”を、大泉洋さん主演で映画化したものです。『君の膵臓をたべたい』(2017年)や『君は月夜に光り輝く』(2019年)などの月川翔監督の最新作となりました。

主人公・坪井宣政のモデルとなっているのは、東海メディカルプロダクツの会長である筒井宣政さん。心臓疾患により「20歳まで生きられない」と余命宣告された娘を救いたい一心で、筒井さんは「IABPバルーンカテーテル」を開発し、これが世界で17万人の命を救ってきたのだといいます。「カテーテル」とは、血管などに挿入する医療用の細い管のこと。本作ではこの開発の様子と、それを支える家族の姿が描かれます。
主人公・宣政の奮闘を追う作品でもありますが、主眼が置かれているのは彼とその家族が紡ぐ“愛の物語”なのです。
ひとりの男の医療業界への挑戦
どんなに困難だと思われることであっても、決してあきらめずに立ち向かっていく男・坪井宣政(大泉)。
生まれつき心臓疾患を持っていた幼い娘・佳美が「余命10年」だと言われた際にもあらゆる医療機関をあたりますが、無理だとして誰も取り合ってくれません。さすがの彼も絶望してしまいます。このままでは大切な娘は、20歳まで生きられないのです。

ところが、小さな町工場を経営する彼は、「俺が人工心臓を作る」「俺が助ける」と立ち上がることに。宣政には医療の知識も経験もありませんから、あまりに突拍子も無い宣言です。けれども何もしなければ佳美の死は迫るばかり……。
妻・陽子(菅野美穂)をはじめとする家族の支えを得て、宣政は医療の世界に挑んでいくのです。
菅野美穂らの誰もが“支えるポジション”に
本作で主眼が置かれているのは、宣政たち家族が紡ぐ“愛の物語”だと先述しました。とはいえやはり、その核となるところには彼の奮闘があります。そのためには家族だけでなく、多くの人々の支えが欠かせません。この作品は人々の“支え合い”を描いたものだともいえるのです。

妻・陽子役の菅野美穂さんは、いつだって宣政の挑戦に明るくついていく人物像を立ち上げ、坪井家の精神性を体現。心臓疾患を抱える次女・佳美には『今夜、世界からこの恋が消えても』(2022年)の福本莉子さんが扮し、絶望的な空気さえも浄化する清らかな演技が好印象です。

さらに、坪井家の三姉妹の長女を川栄李奈さんが、三女を新井美羽さんが演じているほか、上杉柊平さん、徳永えりさん、満島真之介さん、戸田菜穂さん、有村架純さん、松村北斗さん(SixTONES)、光石研さんらが出番の多寡に関わらず、宣政と特別な関係を持つ重要な役どころを担っています。

血縁関係のない彼ら彼女らの存在も、広くいえば本作の“家族”だと呼べるものでしょう。そんな作品の中心に立っているのが、大泉洋さんというわけです。
大泉洋とは、見ない日はない性格俳優
もはや見ない日はない――そんなふうに思える俳優がいます。演技者としての技量ももちろん重要ですが、世間での支持率と作り手たちの間での支持率がともに高くなったとき、特定の俳優は“見ない日はない存在”となるのです。
本作で主演を務めている大泉さんは、日本でも屈指のそのような存在なのではないでしょうか。ここ10年ほどの活躍にフォーカスしてみると、朝ドラ『まれ』(2015年/NHK総合)にヒロインの父親という重要な役どころで出演しており、日曜劇場『ノーサイド・ゲーム』(2019年/TBS系)で単独主演を務め、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年/NHK総合)では源頼朝役に。
『青天の霹靂』(2014年)、『駆込み女と駆出し男』(2015年)、『アイアムアヒーロー』(2016年)、『恋は雨上がりのように』(2018年)、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018年)……と、ほとんど年に一本以上のペースで主演映画が公開されてきました。
『新解釈・三國志』(2020年)では豪華キャスト陣を率いて作品を大ヒットに導き、世界中で配信された『浅草キッド』(2021年/Netflix)も大きな話題を呼びました。今年は、4月の封切りから観客動員数と興行収入を伸ばし続けているビッグタイトル『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』に声優として参加。日常的に流れる広告なども含めると、大泉さんに触れることのない日のほうが珍しいというものでしょう。
その活躍ぶりはジャンルレス。なおかつ個性の強い役どころで、これまで多くのヒット作に貢献してきました。日本トップクラスの性格俳優であり、主演を務められる存在でもあるわけです。
“支え合い”が重要な作品で見せる手堅い演技
本作で演じる坪井宣政もまた、非常に個性の強い人物です。医療の知識ゼロの人間が人工心臓の開発に挑むだなんて、筆者には常軌を逸した考えのように思えます。もちろん、その根底には、ただ大切な娘を救いたいのだという切実な想いがある。けれども彼と同じような状況に置かれた場合、同じ考えを持つ人間がどれくらいいるでしょうか。
開発に「30年かかる」と言われれば、「じゃあ3倍頑張ればいい」と宣政は口にします。彼は何があってもあきらめずに挑む「胆力」と「行動力」という個性を持った人物なのです。

しかしこれは“奇跡の実話”がベースにありますから、その範疇を超えるような非現実的な言動は許されていない。宣政の振る舞いはすべて、あくまでも私たちの生きる現実に繋がるものでなければなりません。彼の言動はおそらく多くの人にとって、突飛なものだと映るでしょう。ですがそれを大泉さんは、勢いや力技で表現することは許されていないわけです。ある意味すべてのパフォーマンスが、地に足の着いたものでなければなりません。
ですから『ディア・ファミリー』における大泉さんの演技には、“新しさ”のようなものはあまり見られないかもしれません。宣政の挑戦を、非常に手堅い演技によって表現しているわけです。
坪井家の面々をはじめとする多くの人々とのやり取りも重要で、誰かとの関係において大泉さんはピッチャーにもキャッチャーにもなる。この連携がうまくいくことによって“支え合い”が実現しているからこそ、本作は主人公が娘の余命宣告を機に医療器具の開発に心血を注ぐだけのものではなく、家族の愛の物語になっているのだと思います。
宣政は陽気で涙もろく、ときに感情的にもなります。つまりはとても人間くさい魅力を持った人物。俳優・大泉洋のこれまでのキャリアが、このひとつのキャラクターからは垣間見えるのです。
◆文筆家・折田侑駿さん

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun