夫から妻へ、親から子へ、祖父母から孫へ──。「相続」は、いつか必ず訪れる別れと同時に、家族の手から手へと渡る“最後の贈り物”でもある。だが、残す側の準備や受け取る側の心構えが足りないと、大切な財産はたちまち、必要以上の税金で大きな損につながったり、“負債”となって暮らしを圧迫したり、お金を奪い合う争いを招いたりと、不幸の種になる。あなたとあなたの家族の大切なお金と絆を守るために、いまからできることを知っておくべきだ。家族が集まるお盆に“ウチのお金”について話し合おう。
“うっかり登記を忘れていた”だけで10万円も
絶対に「損しない」相続のために忘れてはいけないのが、今年4月に改正された不動産登記法だ。
不動産を相続することがわかってから3年以内の登記が義務化され、正当な理由なく怠ると、10万円以下の過料が科せられる。つまり“うっかり登記を忘れていた”だけで10万円も損をしかねないので要注意。
日本司法書士会連合会の理事で司法書士の齋藤毅さんが説明する。
「施行は今年4月1日からですが、それ以前に発生した相続に関しても、多くは4月1日から3年以内に登記する必要があります」
背景には、誰の土地かわからない「所有者不明土地」問題が全国で多発していることがある。推計では、所有者不明土地の総面積はすでに九州全体を上回り、このままでは北海道ほどの大きさに迫る。
「この問題がクローズアップされたきっかけの1つは、3.11東日本大震災のとき。高台移転等のために山地を切り開こうとした際、所有者の名義がわからない土地が次々と出てきて計画がうまく進まなかったのです。所有者不明土地のうち、およそ3分の2が、相続登記未了になっている土地という推計もあります」(齋藤さん)
加えて、全国的な「空き家問題」もあると、日本司法書士会連合会の常任理事で司法書士の中本彰さんが続ける。
「いざ継げば維持費が、売るには仲介手数料等がかかる“負動産”の処分を渋った結果、放置されている空き家が増えています。それにより、倒壊や害虫、異臭、治安の悪化といったリスクが表面化してきました」
そもそも、なぜ登記を渋る人が多いのか。プレ定年専門ファイナンシャルプランナーの三原由紀さんが説明する。
「登記の手続きにかかる時間は通常2週間ほどですが、法務局の混雑状況によっては3週間〜1か月近くかかることもある。そのうえ、手続き以前に必要書類を揃えるだけでも大変な手間がかかるのです」
登記の必要書類は、相続人全員の戸籍謄本(抄本)、住民票などの本人確認資料に加え、相続する不動産の固定資産評価証明書、登記権利証書、亡くなった人の除・原戸籍謄本や住民票の除票に、遺言がある場合は遺言書、さらには遺産分割協議書と印鑑証明書……と多岐にわたり、書類を集める作業に大きな手間と労力がかかる。
「相続人を確定するために、亡くなったかたの出生時までさかのぼって戸籍を集めなくてはなりません。子供がいなくても、その証明のための戸籍類が必要。再婚や養子縁組などがあると、調査も含めてさらに手間がかかり、事前準備だけでヘトヘトになりがちです。相続人の把握を間違えるなどのリスクもあるので、戸籍や住民票などを集める作業と並行して、できるだけ早い段階で司法書士など専門家に相談しておくことをおすすめします」(齋藤さん)
さらに行方不明者がいれば家庭裁判所で不在者財産管理人を選任しなければならず、認知症の相続人がいれば後見人を選任しなければならないなど、手間は増えていく一方だ。中本さんが知るケースの中には、相続人が100人を超え、まとめるのに2年かかった例もあるという。
「それほどの手間をかけてすべての相続人の戸籍を集めて初めて遺産分割協議に移ることができます。そこで誰が不動産を相続するのかを決め、署名をして実印を押し、印鑑証明書をつけて、ようやく法務局に申請して登記となる。手続きは平日のみなので、仕事を休んで何回も法務局に行かなければならないことが多い」(中本さん・以下同)
「負動産」は放棄する方が得なことも
「面倒な手間をかけてまで相続したくない」という人や、「維持費や解体費などで相続すること自体が損になる“負動産”はいらない」という人が選んでいるのが、「相続放棄」という選択だ。司法統計によれば、2022年の「相続放棄」の件数は26万497件と過去最多で、ここ7年間は1年に約1万件というハイペースで増え続けている。
「地方の実家など、誰も住まない空き家や農家の継ぎ手のいない農地のほか、荒廃して買い手のつかない土地などは、放棄を選ぶ人が少なくありません。中には、バブル期に親や祖父母が山林や原野を買わされる『原野商法』に騙されてしまった土地を持て余していることも。これらは相続する側から見れば維持費や固定資産税等だけがかかる“負動産”です」
相続人の間でいつまでも話し合いがつかず、人間関係の問題から、「いっそのこと放棄したい」と決断するケースもある。土地に限らず、親が負債を抱えていた場合や、兄弟姉妹間の相続で具体的な相続財産が不明なケースなど、放棄を選ぶ理由はさまざまだ。
では、実際どのようにして「放棄」すればいいか。三原さんが解説する。
「亡くなった人の戸籍謄本や住民票、相続人の戸籍謄本(抄本)などを揃えて『相続放棄申述書』に記入し、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出するだけ。不動産登記に比べれば手間はかかりませんが、気をつけるべきは『期間』です。相続が発生した(知った)日から原則3か月以内に申請しなければならないため、事前に“負”の遺産がどの程度あるかなどについて家族間で共有しておきましょう」
相続放棄を「縁の切れ目」にしないために
さらに、相続放棄の大きな注意点は「不動産だけを放棄することはできない」こと。
「一度相続放棄したら負債だけでなく、プラスの財産も含め、ほかのすべての財産も丸ごと手放さなければならないことを知らない人は多い。
たとえ後から現金1億円が出てきたとしても、放棄した人は遺産分割協議への参加も、遺留分を主張する権利も一切認められません」(齋藤さん)
個人で慌てて相続放棄の手続きを進めると、まれにそうした事態になるケースもあるという。日本司法書士会連合会の常任理事で司法書士の中本彰さんが語る。
「相続放棄は“自分ははじめから相続人ではなかった”という意思表示で、ほかの相続人に負債の負担が移ることになるので、放棄することによって親族関係が悪くなる可能性も充分に加味して決断してほしい」
また「自分が相続を放棄すると、自動的に権利がほかの相続人に移る」ということも覚えておくべきだ。
「法定相続人にはあらかじめ民法で定められた相続の優先順位があるため、もし『配偶者(夫や妻)』が負動産の相続を放棄すると、自動的に『自分の子供』だけが相続人になります。子供がいなかったり子供が放棄すると、次は亡くなった人の親や兄弟姉妹……と、相続権が順番に移っていく。
相続を放棄するなら、ほかの親族に伝えておかないと、遠い親戚が“ある日突然、長年会うこともなかった叔父の名義のボロボロの不動産の相続人になってしまった”という事態が起こり得るのです」(齋藤さん)
負動産を手放しつつ、親族間のトラブルを回避するためには、「相続放棄」の手続き以外にも方法はある。相続実務士の曽根惠子さんが説明する。
「遺産分割協議の際に“私は家を相続しません”と意思表示し、ほかの相続人が全員同意すれば、負動産を相続せずに済みます。もしくは、被相続人が生きているうちに遺留分を受け取らない意思を示しておく『遺留分放棄』という方法もあります」
または、被相続人が元気なうちに自らの意思でその不動産が必要な相続人に生前贈与しておいたり、相続人以外の人に遺贈することを決めておくことで、あらかじめ不動産の相続そのものを避ける手もある。
金銭面での損はもちろん、家族や親族との関係がギクシャクするような事態を避けるためにも、プラスやマイナスにかかわらず財産の内容や相続の意思については、必要ならば相続や登記のプロに相談しながら共有する備えをしておこう。
※女性セブン2024年8月22・29日号