
牛丼店での混入騒動で注目を集めたネズミ被害。東京都内では少なくとも25万匹いるとされ、専門機関への被害相談件数も10年で倍増しているという。
皮肉なことに、人間の経済活動が活性化して豊かになるとネズミが増える。ネズミの生態に詳しい東京大学大学院農学生命科学研究科准教授の清川泰志さんが解説する。
「コロナの収束後、街にどんどん人が出て飲み食いする機会が増えた分、生ゴミという名の餌も増加してネズミの数が増えたと考えられます。特にいまはインバウンドも急増して、屋外や路上にテーブルを出して飲食するケースも目立ち、外に生ゴミが出やすい状況。ネズミにとっては絶好の生育環境です」
実はネズミには天敵がいる。空から彼らを狙うカラスだ。東京都は2001年から都内のカラスを減らすためトラップによる捕獲を実施し、2023年時点でカラスの生息数を約77%減らした。“捕食者”であるカラスが都内から大量消滅したことも、ネズミ急増の一因とされる。
また地球温暖化の影響を指摘する研究もある。米リッチモンド大学の研究者らが今年1月に発表した研究結果によると、平均気温の上昇によりネズミが外に出て餌を漁る期間が長くなり、年間を通じて繁殖期間も長くなった。気温の上昇で食べ物や生ゴミのにおいが強くなり、遠くまで届くようになったこともネズミの増加を後押ししているという。
環境の変化は、ネズミの生活エリアにも影響を与えている。環境衛生管理事業を行う「シー・アイ・シー」の執行役員・研究開発部長の小松謙之さんが解説する。
「寒さに弱いクマネズミが、近年、都心のビルに囲まれた緑地帯や公園などで、冬季に捕獲され始めています。数年前まで都心では冬場の屋外にクマネズミは生息していないと考えられていたので、温暖化の影響で生息エリアが拡大した可能性があります」
これまで生息場所が異なるクマネズミとドブネズミは交配しないと考えられてきたが、餌の増加や天敵の減少、それに“共存”が加わることで、やがてはクマネズミとドブネズミの「ハイブリッド種」が誕生して、さらなる脅威となるかもしれない。
さまざまな要因でネズミの生態が変わりつつあるなか、危惧されるのが「スーパーネズミ」の登場だ。
「もともとドブネズミとクマネズミは賢いんです」と話すのは清川さんだ。
「ドブネズミは非常に頭がよく、訓練すれば犬と同じ程度の芸ができます。またクマネズミは警戒心が非常に強く、なかなか罠にかかりません。人類が大昔からネズミに悩まされているのは、ネズミは頭がよくて駆逐することができないから。人間がどんな対策をしても、彼らは乗り越えてきたんです」(清川さん)
毒餌に抵抗性を持つ“スーパーネズミ”も
長きにわたる人間との戦いにおいて、ネズミは進化を続けている。
「長年にわたる殺鼠剤の攻撃から生き残ったネズミ同士が掛け合わされると、殺鼠剤(さっそざい)が効かないネズミが生まれます。こうしたネズミは世界中で増えていて、欧米ではドブネズミに多く、日本ではクマネズミに多いという特徴があります」(清川さん)
都内を中心にネズミ駆除を専門に行う業者の現場責任者は、毒を“無効化”した「スーパーネズミ」の実態をこう話す。
「都心部では8割以上のネズミが毒餌に抵抗性を持つエリアがあるとの報告もあります。スーパーネズミにはより強い毒性の殺鼠剤が必要で、駆除がますます難しくなっています。
都市や郊外では薬剤に耐性を持つだけではなく、殺鼠剤をかぎ分けて、捕獲トラップを回避するネズミもいます」
ネズミ忌避装置の代理店である中村企画の中村浩透さんも、駆除の現場でネズミの進化を感じているひとりだ。
「あるスーパーで捕獲用の粘着シートの様子をカメラで撮影したら、夜中にネズミが粘着シート部分をジャンプして避けていました。それに最近のネズミは栄養状態がいいのか、以前よりも大きくなっているように感じられます」
すでに駆除の現場では、センサーカメラによるモニタリングや超音波による攻撃など、ハイテクを駆使して人間とネズミの「いたちごっこ」が繰り広げられているという。