
「大家族」は“幸せの象徴”のように捉えられることが多いが、果たして本当にそうだろうか。その裏には、家庭内レイプといっても過言ではない「多産DV」という現実が少なからず存在している。望まない妊娠・出産によって、女性はキャリアを棒に振ることもある。それだけではなく、生まれてきた子供にも悪影響を与えることもあるのだ。当事者しかわからない深き闇を徹底取材した。【前後編の前編】
厚生労働省が2月末に公表した人口動態統計の速報値によれば、2024年の出生数は72万988人で、9年連続で過去最少を更新。出生数はこの10年間で3割減り、国の推計より約15年早いペースで少子化が進んでいる。そんな中、明るいニュースが飛び込んだ。
《私事ですが皆様にご報告があります この度、第5子となる新しい命を授かることができました》
3月3日、公式ブログで第5子妊娠を公表したのはタレントの辻希美(37才)。祝福ムードに包まれ、“少子化時代の希望”という声も多くあがった。
しかし、子だくさんだからといって辻のように幸せな家庭ばかりではない。まばゆく見える団らんの背後に「多産DV」という暗闇が広がっているケースがあるのだ。女性クリニックWe!TOYAMA代表の産婦人科医で、数多くの多産DVの女性と接してきた富山県議会議員の種部恭子さんがこう語る。
「一般に多産DVとは、妻の同意を得ない、または性行為を拒む妻に舌打ちなどして精神的に脅して性行為を強要したり、避妊してほしいという妻の意向を無視して性交渉を行うことで、望まない妊娠・出産を繰り返させることをいいます。出産を経験した妻が“もうこれ以上は産みたくない”と思っているのに夫が避妊に協力せず、産まざるを得ない状況に陥ることが多産DVの入り口です」

この問題を取材するノンフィクションライターの清水芽々さんが指摘する。
「医療従事者や福祉関係者の間では、数年前から多産DVという認識が共有され始めていました。取材したことがあるベテラン保健師は“私が把握する限り、自分から望んで4人以上の子供を産んだ女性は半数以下で、それ以外は避妊に失敗したか、婚家や夫に強要されて出産するケースが目立つ”と明かしました」
多産DVが注目される背景には、人々のコンプライアンス意識の高まりもある。2023年7月の刑法改正で「不同意性交等罪」が新設され、たとえ夫婦でも相手の同意がない(もしくは同意しない意思を形成、表明、全うすることができない)状態で性行等を行ったら罰せられることになった。ベリーベスト法律事務所の弁護士・齊田貴士さんが語る。
「近年、女性の権利や地位の向上が図られる中で、これまで看過されてきた性的ハラスメントにも焦点があたるようになりました。その結果、夫からのセックスの強要が罪とされる可能性が生じて、多産DVにも注目が集まっています」
清水さんによると、3人以上の子供がいる50家庭の3割、4人以上の子供がいる30家庭の6〜7割で、本来は妻が望んでいなかった出産がみられたという。
「私たちが思っている以上に、多産DVの恐怖と闇が広がっているのかもしれません」(清水さん)
「男の子ひとりだと何かあったら困る。もうひとり男の子がほしい」
現在5人目を妊娠中のSさん(44才)は7年前に夫(50才)と職場結婚した。互いに婚期を逃しかけており、成り行きに近い結婚だったという。
「夫は女性経験が少なく、新婚初夜からしつこく体を求めてきて第1子はハネムーンベイビーです。出産後も夫の性欲は収まらず、産褥期が明けると同時に求められることの繰り返しで、第2子、第3子とも年子です。3人の年子を育てるのは三つ子を育てるより大変でした」(Sさん)
なおも執拗に求めてくる夫に「避妊して」と懇願するも「女房の務めだ。おれの子供が欲しくないのか!」と脅され、時には暴力を振るわれた。子供たちが怯えるのを防ぐため夫の言いなりになり、その後、第4子が生まれ、さらに5人目を妊娠した。Sさんが肩を落としてつぶやく。
「初産が38才でそこから毎年のように4人産み、体はボロボロで尿漏れはずっと治りません。5人の子供を抱えて逃げる場もなく、子育てに追われて鬱屈した毎日を過ごしています」
10年前、実家が代々農家で地主の夫(45才)と結婚したNさん(36才)。家族=人手という環境に育った長男の夫は「子供の数は多ければ多いほどいい」という考えだった。結婚当初は「子供が好きな人なんだな」と微笑ましく思っていたが、いざ妊娠するとつわりに苦しめられた。それでも3人の女児を出産したが、夫の実家からは「次は必ず跡取りの男の子を産め」と重圧をかけられたと振り返る。
「結果的に4人目は男の子が生まれて、ようやく子づくりから逃れられると安堵したのも束の間、夫が“男の子ひとりだと何かあったら困る。もうひとり男の子がほしい”と言い出しました。私は心身ともにヘトヘトで拒否しましたが夫は聞く耳を持たず、仕方なく“夫を選んだ自分が悪い”と無理して現実を受け入れました」(Nさん・以下同)

昨秋、無事に5人目の男児を出産したがNさんのダメージは大きかった。
「マタニティブルーがひどく、産後もうつ状態が続きました。出産祝いの場で周囲から“5人も子供を持つなんて男の鑑だ”“夫婦仲がよくてうらやましいよ”と持ち上げられてニタニタして得意げな夫の顔と、“お前も奥さんもよほどのスキモノだなぁ”と下品に笑った親族の顔のおぞましさが目に焼き付いています」
バツイチの夫(42才)と結婚したHさん(33才)。夫は前妻の不倫が原因で離婚した「サレ夫」で、「今度こそ幸せになりたい」と9年前にHさんにプロポーズした。
「傷ついた心を癒すためか彼はすぐに子供をほしがりました。私も子供が好きで、前の職場で高齢出産に悩む同僚を見てきたので、若いうちにと立て続けに3人産みました。それでも夫の欲望は収まらず、4人目、5人目と……。ただし夫はそれほど子供たちをかわいがるでもなく、“何でたくさんほしいのだろう”と不思議でした」(Hさん)
5人目を出産後、Hさんは高校の同窓会に出席することになった。そんな彼女に夫はこう言い放った。
「同窓会がきっかけで浮気するやつが多いみたいだけど、バカなこと考えるなよ。5人も子供を産んで、たるみ切った体に欲情するのはおれくらいだからな」
夫の本心を悟ったHさんが涙ながらに振り返る。
「サレ夫であることをずっと屈辱に思っていた夫は、度重なる出産で私の容姿が衰えて浮気できなくなるのを望んでいたんです。そのことを悟って血の気が引きました。愛想をつかした私に夫は6人目を求めて、嫌がる私を押さえつけて無理やり行為に及びました」
妊娠、出産を繰り返す中で妻は幾度も追い込まれる。
「自分が年老いたときに面倒を見てほしいから女の子を産めという夫もいます。妻が出産を望まなくても中絶には配偶者の同意が必要なので、夫が同意しないと産まざるを得ません。一方で夫の求めに応じていざ妊娠すると、“これ以上子供はいらないから堕ろしてこい”といわれるケースもあります」(種部さん・以下同)
子を産むほど夫婦の支配関係がさらに強まる
なぜ、妻たちは凄惨な多産DVに追い込まれるのか。
「DVは怒鳴る、殴るといった暴力だけではありません。相手を怖がらせて支配することがDVの本質です。女性は男性より収入が少ないことが多く、“誰のおかげで生活できると思っているんだ”と経済的な支配を受けることも多い。追い詰められて心を支配された妻は夫の理不尽な要求を拒否できず、望まない妊娠や出産を強いられます。勇気を出して離婚を切り出しても、“別れたらおれは死ぬ”と拒否される。これもひとつの支配の方法です」
子だくさんを無条件に称賛する世の風潮にも、多産DVを助長する一面がある。
「特に地方では子供がたくさんいることが称賛されるので、妻が出産に前向きで妊娠を喜んでいるようにふるまう必要があり、多産DVが周囲に理解されづらい。妊娠がわかり内心絶望する妻が、自分の手柄であるかのように吹聴して回る夫を忌々しく感じることも多々あります」(清水さん)
支配的なモラハラ夫に多産を強いられる妻の心理状態について清水さんは、「顕著なのは『妥協』と『あきらめ』です」と語る。
「多産DVを受けた女性の多くは“できちゃったものは仕方ない”“こういう夫を選んだのは自業自得”という言葉を口にします。望まない出産を経るたび、夫に対して憎悪を抱くこともありますが、度重なる産休・育休でキャリアを棒に振ることも多く、子供たちをひとりで育てる経済力がないケースが多い。そのため現状を変えることをあきらめ、夫の理不尽な要求を受け入れざるを得ないのです」

子供を産めば産むほど、自分が置かれた環境から逃げ出しにくい構造もある。
「子供がいるほど女性は家庭に縛り付けられて経済的に苦しくなり、“子供が小さいうちに離婚するとかわいそうだ”と思ったり、“子供が怯えないように、夫に怒鳴られないようひっそり生きよう”とがまんします。子を産むほど負のスパイラルが生じて夫婦の支配関係がさらに強まります」(種部さん)
精神的な負担に加えて、望まない出産が女性の体に大きなダメージを与えることを忘れてはならない。
「出産を重ねると下腹部の肉がたるみ、胸が垂れ下がって肌がカサカサになり、産後ケアの時間が充分でないと尿漏れやヘルニア、腰痛に悩まされることもある。多産を強いる夫は、妻のケアをしないので病院に行くことができない妻も少なくありません」(清水さん)
一方、多産を望む夫はどんなタイプなのか。
「基本的に妻を支配せずにはいられないほど自信がない人。子供の頃から“男だったらしっかりしろ”と言われて育ち、他者よりも優位に立つことで自分の立場を維持してきたタイプです」(種部さん)
「男は仕事、女は家庭」という昔ながらの価値観を持つ男性も目立つ。『ヤングケアラーに気づき支援する メンタルサポート【N式ツール】の使い方』の著者で、臨床心理士の永山唯さんが語る。
「私が担当した事例では、家事や育児は妻が行うのが当然で、自分は男だから外で働くというタイプが多かった。家のことは何もやろうとせず、仕事帰りにちょっと家の買い物をしただけで“買ってきてやった感”をすごく出す感じです」
ある程度の社会的な地位を持つ夫も少なくない。種部さんの経験上、医師や弁護士、教師、警察官、僧侶、経営者などが性的DVに及ぶことが多いという。
「社会的に立場のある『優しくていい人』が性的DVに及ぶケースは少なくありません。そうしたタイプの夫を持つ妻が誰かに相談すると、“え? あの人が?”と驚かれて“それはあなたのワガママじゃないの?”と言われるから、妻は“自分が間違っている”とか“私ががまんすればいい”と思ってしまう。さらに“私が至らないからこうなるんだ”“ここで私が逃げたら夫が困るはずだ”と思い込まされ、逃げられない状態になります」(種部さん)

(後編へ続く)
※女性セブン2025年5月1日号