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《首相も対象になる日本の「推し活」ムーブメント》かつては“クローズドなオタク文化”の中にあった「推す」という行動が、スマホとSNSの普及で一般化

日本初の女性首相となった高市早苗氏(時事通信フォト)
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子供の頃に好きだったキャラクター、学生時代に夢中になったアイドルや歌手、韓国俳優に歌舞伎役者、タカラジェンヌ、スポーツ選手……誰かを応援し、夢中になる気持ちは、何才になっても“尊い”もの。何かにハマることが「推し活」として一般化し、誰もが推しを持ついま、経済効果や健康効果についても期待されている。人生を豊かにする「推し活」の正体とパワーを改めて分析した。【前後編の前編】

《注文が集中しており、約10ヶ月分の工場の生産量を現在ご注文頂いている状況です》──長野県の老舗バッグメーカー「濱野皮革工藝」で、1つ13万6400円もするバッグが大きな話題となり、完売が続いている。10月21日に日本初の女性首相となった高市早苗氏が愛用していることから注目され、40〜50代の女性を中心に注文が殺到しているのだ。

同様に、高市氏が愛用している「三菱鉛筆 ジェットストリーム」のボールペンも一時品切れ状態になったり、韓国の李在明大統領からプレゼントされた韓国コスメ17点セットが注目を集めるほか、高市氏の出身地・奈良県橿原市の「天高市神社」は聖地巡礼する人たちでにぎわっているという。こうした現象をメディアは「サナ活」と称し、「推し活」の一種として報じている。一連の動きを見て、トレンド評論家の牛窪恵さんが思い出すのは、2001年に巻き起こった小泉純一郎元首相のブームだ。

「『自民党をぶっ壊す』と訴えて就任した小泉さんと、どんより淀んだ永田町のオジサン文化を『働いて働いて働いて』スピーディーに変えようとする高市さんは、新しい風を期待させるキャラクターが共通しています。

小泉さんのときはマグカップやお菓子といったキャラクター商品が売り切れましたが、『サナ活』ではバッグやボールペンのほか、高市さんが愛用しているブルーのジャケットなどを購入し、首相としての支持とは別の角度から“推す”人が増えている印象です」

アイドルや二次元キャラクターのみならず、一国の首相までもが対象になる「推し活」ムーブメントの深遠さ。急速に拡大し続ける推し活市場がいま、日本を覆いつくそうとしている。

「自分が発掘し、育てた」ことが推しの原動力に

アイドルや俳優、アニメキャラクター、スポーツ選手などを応援する「推し活」。ライブや試合会場で推しを応援するときに使ううちわなど「推し活グッズ」づくりのためのアイテムが、100円ショップでも専用コーナーがつくられているなど、完全に市民権を得ている。「推し活市場」の大きさについて、『オタクと推しの経済学』の著者で京都橘大学准教授の牧和生さんが解説する。

「アイドルやアニメなどに消費する金額を調べた矢野経済研究所のデータによると、2021年に約7000億円だったオタク市場は翌2022年に約8000億円に成長しました。ほかにもさまざまなデータを勘案すると、現在の推し活市場は1兆円を超えると推計されます」

別のマーケティング企業が行った調査では、市場規模は3兆5000億円という数字も出ており、推し活は私たちの消費行動の大きな根幹を担っている。

そのきっかけはスマホとSNSの普及だ。誰もが気軽に情報発信できるようになったことから「推す側」と「推される側」の関係性が変化し、かつてはクローズドなオタク文化の中にあった「推す」という行動が一般的になったという。

高市氏愛用のバッグが瞬く間に品切れに(時事通信フォト)
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「かつての“オタクとアイドル”の関係性は、いわば1対1。キラキラと輝く憧れに近づくことはできないと知りながら、遠くから自分ひとりで眺めるものでした。それがSNSの台頭によって、ファン同士がつながることができるようになり、関係性は『1対みんな』になった。これが推し活の始まりです。

私の推しは阪神タイガースの森下翔太選手。SNSを通じてファン同士で“けがをしたみたいだけど、大丈夫かな?”“今日はすごい活躍だったね”などと情報交換して励まし合っていて、それも楽しみの1つです」(牛窪さん・以下同)

この流れは2018年頃、SNSの投稿に「#(ハッシュタグ)」をつけることで拡散・検索しやすくしたハッシュタグ文化でさらに広がっていく。「サナ活」はまさに、ハッシュタグ文化が広めている。

「『#サナ活』で検索すると、多くの投稿者が見つかります。ハッシュタグのほか、コロナ禍以降は静止画よりもリアルな魅力が伝わるショート動画が急速に浸透。さまざまな後押しで、推し活を始める人は右肩上がりに増えています」

SNSでファン同士がつながり、推しの情報を得ているいま、対象となるのは万人受けするアイドルやスターよりも、下積みから這い上がる苦労人と、そのストーリーだ。

「最初から順風満帆で輝かしいスターよりも、なかなか芽が出ず不遇の時代を過ごしてきた人をみんなで応援し、成功を喜び合えるスタイルが好まれます。自民党総裁選に三度目の正直で当選した高市さんも、まさにそのタイプ。

自分たちで“発掘”し、推し活を通して“育てる”ことで日の目を見るなど、応援しがいのあるキャラクターやストーリーを持つ人が圧倒的に支持されるのが、令和の推し活の特徴です」

その先駆者となったのがAKB48だ。テレビでしか見られない存在だったアイドルを“会える存在”にし、CDやグッズの購入数が自分の「推しメン」の成功に直結する。

「推しとファンとの距離が近く、推しの成功をみんなで喜ぶことができる。しかもメンバーが多く、自分で推しを選ぶ行為がさらに思い入れを強くします。

AKBグループのビジネスモデルはいまではあらゆるコンテンツで取り入れられており、直接会えるイベントや、ライブ配信でのスーパーチャット(投げ銭)など、さまざまな形で推し活経済に生かされています」(牧さん)

多数のコンテンツやメンバーの中から自分で推しを選び取り、近くで応援することができ、その成果が目に見える。多様なコンテンツの誕生とSNSの浸透、ファンと推しを近づけるビジネスモデルの後押しが、熱狂的なムーブメントへと成長させたのだ。

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