映画『栄光のバックホーム』秋山純監督は「映画という世界でもう一度横田さんが生きる」ことを強く意識、主演・松谷鷹也は「横田さんの生身の人生をきちんと伝えたい」

甲子園でプレーすることが夢だった野球少年が叶えた夢、ひたむきな努力、熱い情熱──それらすべてを消し去るかのように襲いかかった病。いま、ある物語がスクリーンで話題になっている。それは、自分の人生をひたすらまっすぐに生きたひとりの野球選手の奇跡の実話。監督と主演俳優が胸の内を語った。
「野球してぇよ……」
声をしぼりだし叫ぶ男性の肩は小刻みに震えている。
幼い頃から応援してきた背中は筋骨隆々とたくましく、広く、大きい。けれど母親から見た息子はこのときばかりは小さく儚く、愛おしく、ただそっと抱きしめるしかなかった──。
映画『栄光のバックホーム』を見た40代の女性は「ただまっすぐ生きるということがどれほど厳しく、こんなにも人の心を打つのかと……。こんなに泣いた映画は初めてです」。20代の女性は「心が揺さぶられました。一日一日、全力で走り抜く生き様に、自分の生き方を問われた気がします」と赤い目で熱く語る。
11月28日に同映画が公開されるや販売数ランキングで1位となるなど話題になっている。
夢の甲子園、続いた頭痛
本作は脳腫瘍を発症し2023年に28才の若さで生涯を閉じた元プロ野球選手・横田慎太郎さんの生涯を泥臭く、肉厚に描く。横田さんは1995年に東京で生を享けた。
3才で鹿児島に転居。小学3年生で野球を始め、強豪・鹿児島実業高等学校に進学。1年生で4番打者を任され、3年生のときには投手を兼任した。夏の予選では決勝で惜しくも敗れ、甲子園出場は叶わなかったが投打の実力を買われ、ドラフト2位で阪神タイガースに入団する。
しかし、プロ4年目の2017年春、頭痛が続いた横田さんに下されたのは脳腫瘍の診断だった。監督を務めた秋山純さんが話す。
「横田さんは手術を経て寛解し、2017年の秋には復帰するんですが、どうしても視力が戻りきらなかったんです。それで2019年に引退を決意された。その年の9月に行われた二軍公式戦が引退試合となりましたが、そこで横田さんは本塁へノーバウンドで送球するという“奇跡のラストプレー”を見せてくれた。
実際にぼくはこのプレーをネットの生中継で見ていました。横田さんが2021年に自著『奇跡のバックホーム』(幻冬舎)を出版したとき、“絶対に映画にしたい!”と幻冬舎の見城社長に直談判したんです」

映画製作にあたって意識したのは、「横田さんの生きた証を撮る」「主演俳優を通して彼の人生をもう一度生きる」ということ。
「映画には阪神の金本(知憲)元監督や、掛布(雅之)さんなど実在の人物が登場します。ただ、横田さんも含め、そうした人物たちに“似せる”のではなく、映画という世界でもう一度横田さんが生きることを強く意識しました」(秋山さん)
大役を演じたのが、主演の松谷鷹也(31才)だ。自身も元高校球児で高校時代には大谷翔平選手との対戦経験もある。が、大学時代に肩を痛めてプロ野球選手の夢を断念。目標が見つからず、しばらく引き込もっていた。
「監督から最初に言われたことが『CGは絶対に使わない』でした。野球は大学1年生で肩を壊して以来、もう10年近くやっていなかった。
奇跡のバックホームのエピソードはあまりにも印象的で、自分の力でやりきるためにまず体作りから始めました。体重は20kg増やして過去最高に。シャドーピッチングや素振り、キャッチボールなどから始め、その後は広島県福山市の企業のクラブチームに入り、本格的な野球の練習を現役のときのように行いました。役に出会えて横田さんの人生を辿ることで自分自身のこれまでの生き方も考える時間でした」(松谷)