
古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまう悲劇が明らかに―
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1992年7月、都内にある戸建ての玄関先に花が手向けられていた。小池道子(仮名・39才)は幼稚園児のわが子2人と手を合わせると、その家の中へ消えていった。
同年6月、この家の浴槽で道子の義母・エリ子さん(仮名・61才)が亡くなっているのが発見された。
「当初、室内に物色した跡があったため強盗の犯行と思われました。しかし、侵入した形跡や被害者に争った様子がなかったので、物盗りの犯行ではないと捜査方針が変わった。警察は道子が犯行時刻に自宅近くにいたこともあり、彼女に疑惑の目を向けたのです」(全国紙社会部記者・以下同)
エリ子さんは夫と会社を経営しており、事件発生の2年前に地方で暮らしていた長男の孝さん(仮名・36才)と妻の道子、その子供2人を自宅に呼び戻し、同居生活を始めた。近隣住民には仲のいい嫁姑に見えたという。しかし実際は違った。
その時代の女性としては大柄だったエリ子さんは、曲がったことが大嫌いで、物事をハッキリと言うタイプ。町内会の婦人部長として活動し、ゴミ捨てのルールを守らない住民に対して物申すこともあったという。
一方の道子は小柄で、穏やかな性格。さらにバツイチで、孝さんとは再婚という経緯もあって、家庭内ではエリ子さんを頂点とした力関係が形成され、誰も逆らうことはできなかったようだ。
食事をはじめとした家事すべては道子の仕事だった。しかし、その仕事ぶりにもエリ子さんはたびたび小言をぶつけていた。
「エリ子さんは道子の作った食事が口に合わないと、目の前で捨てることもあったそう。それが積もりに積もって道子はふさぎがちになり、孤立感を深めていきました」
さらに、道子はエリ子さんから「口答えをするな! 嫁は人にあらずというんだ」「お前は人間じゃない」と言われたこともあったという。
2年間、毎日耐え忍んでいた道子を見て、孝さんが何もしなかったわけではなかった。事件のあった6月には同居生活を解消し、転勤することを決めていたのだ。ようやく姑と離れられる―そう喜んだ道子だったが、エリ子さんの一言で“地獄”に引き戻された。
「息子はもういらない。その代わり、跡取りになる孫は絶対に渡さない。置いていけ。そう“命じられた”そうです」
絶望の淵に立たされた道子は、精神安定剤を砕いて混ぜたおにぎりを、義母の昼食として用意。しょうゆで味をごまかして食べさせ、意識がもうろうとしたエリ子さんを浴室に連れて行き、手で鼻と口を押さえて殺害。そして、強盗の仕業に偽装したのだった。
道子は事件後、何かから解放されたかのように性格が明るくなり、「お義母さんの事件で転勤はなくなったので、これからもここに住むことになります」と近所に挨拶していたという。
しかし、捜査の目からは逃げられず、事件の1か月後に逮捕。懲役7年の実刑となった。
※年齢は事件当時。
※女性セブン2026年2月19・26日号