
長寿化が進む中、残りの人生を過ごすうえで熟年離婚という手段が現実的になった。しかし一方で、熟年離婚を思いとどまり、パートナーへの愛情はないものの形式上は夫婦関係を保つ「仮面夫婦」を選ぶ人たちがいる。かつては“冷え切った関係”や“夫婦関係の成れの果て”と揶揄され、ネガティブなイメージが強かったが、いまや老後をよりよく生きる方法として“あえて”選択する人が増えている。そこにはどんな可能性があるのだろうか。【全3回の第2回。第1回から読む】
夫婦10組のうち1組が仮面夫婦に該当する可能性
熟年離婚をめぐる理想と現実が交錯するなか、夫婦で歩む老後の“第三の道”として再認識されているのが「仮面夫婦」だ。
朝日新聞で5月下旬から約1か月間連載された『仮面夫婦 別れぬ理由』は、仮面夫婦のリアルを浮き彫りにして話題を呼んだが「現実的な形だ」とわが身を振り返ったのは埼玉県在住のDさん(52才)だ。
「連載では仮面夫婦の悲哀が書かれていましたが、その姿はうちの夫婦そのものです。そして私はいまのスタイルに不満を感じていません。夫は若い頃、職場の部下と“不倫未満”の疑いがありました。深くは追及しませんでしたが、きっと1度や2度、関係はあったはずです。それでも、私は夫と別れようとは思いませんでした。いざとなればと多少の“証拠”はいまも持っていますが、派遣社員しかしたことのない私の貯金や年金では老後ひとりで暮らしていけません。ましてやいまの一戸建てを出たら、同じ水準で暮らせる家を借りれるはずもない。
普段の生活では夫とは必要事項しか話しませんが、年に数回の親戚づきあいも適度にしますし、うちに孫が来ればじぃじ、ばぁばとして団らんもします」

そもそも仮面夫婦とはどう定義されるのか。東京成徳大学応用心理学部臨床心理学科准教授の石村郁夫さんが語る。
「対外的に仲のいい夫婦を装い仮面をかぶって振る舞い、家庭内では愛情や信頼が冷え切り、互いに無関心で会話もほとんどない夫婦」だという。
実際、連載の中で石村さんが大学生に「両親は仮面夫婦の定義に該当しますか」と尋ねて調査したところ、夫婦10組のうち1組が仮面夫婦に該当する可能性があった。大学生が気づいたきっかけで最も多かったのは「会話がない」で、「嫌悪感を示している」「愚痴を聞かされた」という回答だった。
現実に夫婦を“装う”人たちはなぜその在り方を選び、どんな暮らしをしているのか。
「気がついたら仮面夫婦になっていた」と話すのは、都内在住の会社員、Eさん(55才)だ。
「20代で結婚し、31才で長男が生まれました。出産後は慣れない育児でストレスがたまり、家事や育児に協力してくれない夫とは怒鳴り合いの大げんか。
でもそのうち、諦めの気持ちが強くなって、夫には期待しなくなりました。毎日ワンオペなのも、夫が休日に趣味のゴルフにばかり出かけるのも、“夫なんていないもの”と思えばなんてことない。
私は息子中心に生活すると宣言し、食事の用意も夫の分はだんだんしなくなりました。そもそも平日も休日もほとんど家にいないんですから。生活費だけは出してくれたので、そこは甘えつつ自分の趣味や息子との旅行のためにお小遣い稼ぎでパートをしました。子供は大学卒業後に家を出て、私と夫はふたり暮らしに。寝室は20年前から別ですし、食事もそれぞれのタイミングですから会話もほぼありません。心配なのは、夫の定年後。昼間から家にいられるのはちょっと気詰まりですね」
14年前、同じ病院で医療事務として働く3才年上の夫と結婚した福島県に住む看護師のFさん(51才)は、3年間の妊活が実らず、夫が義母に「もっと若い女と結婚すればよかった」と話すのを聞いたことから気持ちが完全にさめた。暗黙の了解で子づくりを諦めると夫婦は言葉を交わさなくなった。
それでも離婚しないのは、「離婚する」より「しない」メリットの方が大きいからだ。
「職場が同じなので離婚してあれこれ言われるのが面倒で、形だけの夫婦を続けています。結婚当初から家事を分担していたおかげで共同生活者みたいなもので、お互い好きでも嫌いでもなく“別にこのままでいっか”という感じです」(Fさん)
千葉県在住のGさん(67才)は30代の頃に夫の浮気により夫婦仲は完全に冷え切ったが、離婚ではなく夫婦関係の継続を選んだ。
「浮気について夫は何度も謝罪してきました。その数年後にもう一度浮気が発覚したので、そこで誓約書を作り次に浮気をしたら慰謝料を払うことなどの内容を盛り込みました。
そうまでして離婚しなかったのはやっぱり子供の存在です。父親がいた方がいいと思ったし、息子もなついていましたから。私も度重なる浮気に呆れることはあっても、嫉妬心はなかったので考え方を切り替えて、淡々と夫婦関係を続けていこうと思ったんです。
いま私は親の介護もあって、実家で生活する時間も長く、夫と距離があるのもちょうどいい。息子は私たちの関係が冷え切っていると気づいていますが、だからこそどちらの味方になることもなく、うまくバランスをとっているみたい。来年、息子は結婚式を控えていますが、もちろん夫と出席しますよ」