
医師から言われるがままの治療法を受けて処方された薬をのみ、しまいには手術台にまで上がる──だが、それは本当に正解なのだろうか? その結果、かえって寿命を縮めてしまうかもしれない。そんな事態を防ぐために安易に受けてはいけない手術と治療を知っておこう。【前後編の前編】
安易に信じてはいけない医療
命に別状はなくとも老化による痛みといった体の不調には、薬をのみ、治療を受けて治すことが基本だ。公的医療保険が充実する日本では少しの不調でも病院にかかり、医師の言う通りにする患者が多い。しかし、なかには安易に信じてはいけない医療もある。
かつては「手術が当たり前」だった病気でも、医療技術の進歩や新たな研究の成果により、必ずしも手術を必要としないケースが増えている。「さまざまな治療法を検討することなく、すぐに手術を決断すべきではない」と指摘するのは、医療経済ジャーナリストの室井一辰さんだ。
「病院にとって入院料や手術料などが大きな収入源になりやすく、診療科によって得意とする治療に判断が寄りやすい面があります。外科医は手術、内科医は薬物治療を考えやすい傾向があるでしょう。
しかし、体力や認知機能が低下している状態で手術を受けると、全身麻酔による合併症リスクがあるほか、術後の入院中にベッドの上で過ごす時間が増えて一気に心身が衰える可能性もあります。手術を受けるべきかどうかは症状や栄養状態、認知機能、ほかの病気がないかなど複数の要因によって異なるので、医師から手術をすすめられても慎重に考えるべきです」
乳がん手術は全摘術でも部分切除術でも生存率に差がない
そもそも手術を受けるリスクとして挙げられるのが「医師の技術の差」だ。最新治療の知識と技術を持っている医師とそうでない医師とでは、術式はもちろん術後の経過に大きな違いが現れることも珍しくない。
その筆頭が日本人女性のがん部位別罹患数1位である乳がんだ。以前は乳房をすべて切除する「全摘術」が当たり前のように行われていたが、いまでは見直されつつあるという。
「かつて乳がんの手術といえば“病巣やリンパ節まで大きく全摘するほど再発リスクも低くなり安全”とされてきました。しかし現在は全摘術でも部分切除術(乳房温存術)でも、生存率に差がないと複数の研究で明らかになっています。
2026年に発表された、11万人以上を対象に比較した中国の研究でも、温存術と放射線治療を行った場合と全摘出した場合で差がないと報告されました」(室井さん・以下同)
にもかかわらず、実際の治療では、がんの状態などによって乳房の全摘出が選択されることもある。
「温存治療で切除範囲を小さくするほど高い技術が必要となりますし、多くの医師が温存治療にハードルを感じているという現実があります。全摘は体に大きな負担がかかり、術後のQOL(生活の質)も変わります。全摘しかないと思い込まず、ほかの選択肢を含めて説明を受けてから決めることが大切です」

乳がん手術は、進行度合いだけでなく年齢によっても選択肢が異なる場合がある。乳腺外科医で、ときわ会常磐病院乳腺・甲状腺センター長の尾崎章彦さんが解説する。
「特に高齢者の乳がんでは、わきのリンパ節まで広く取っても、生存率にはそれほど関係しないというデータが出てきています。わきまで広く取りすぎると腕のしびれや肩の痛みなどが出て体の動きが悪くなり、術後のリハビリに支障をきたすこともある。わきの手術を省いてしこりだけを取るという選択肢がより有効になります」
温存術を検討する場合には病院、そして医師選びが重要になる。
「どこをどう切除し、どこを温存すると安全かを判断するノウハウや技術が必要です。経験が重要なので、乳がんの手術を多く行っている施設や、温存治療を専門にして、研究を発表している医師を探してください」(室井さん)
大腸がんや胃がんなど、ほかのがんの手術も同様だ。
「医療の発達で、近年はロボット手術や内視鏡手術など、体への負担が少ない方法がいくつも出てきています。体への負担が少ない治療を受けた人ほど術後に体を動かしやすいといわれます。体を動かせることは術後の回復やその後の人生のQOLを高めることに大きくかかわります。年齢や病状によって個人差はありますが、年を重ねてからこそ“安易に手術を受けない”選択肢があることを忘れてはいけません」(尾崎さん)
乳がん同様、女性を悩ませる子宮筋腫や卵巣嚢腫でも、必ずしも手術を要しないケースは多いと尾崎さんが続ける。
「子宮筋腫は、閉経後で無症状、良性であれば原則手術は不要です。特に高齢で、たまたま見つかった無症状の筋腫なら、あえて手術する必要はないでしょう。
ただし急に大きくなる、出血があるなどの場合は悪性の可能性があるので、放置は厳禁です」
脳の検査で動脈瘤が見つかったとき、動脈瘤が破裂してくも膜下出血が起きるのを防ぐために行われるのが、「クリッピング」という開頭手術だ。しかし、この手術も特にシニアにおいては極めて慎重な判断が必要だ。
「未破裂脳動脈瘤のクリッピング術については、大きさ、できた場所、年齢、健康状態などによって破裂する危険性が違います。家族にくも膜下出血の人がいない場合は、かなり慎重に考える必要があります。
開頭して手術する以外に、血管内にカテーテルを入れてコイルを置く血管内治療の選択肢もあります。高齢者の場合は、手術の合併症リスクなどを考えればより慎重になってよいでしょう」(室井さん)
術後の合併症や、体力の低下、認知症リスクが高まることも指摘されており、「手術をするリスク」が「破裂リスク」を上回るケースがあるのだ。