
MTG名古屋四季劇場[熱田]のこけら落とし公演として、今年7月から上演されている劇団四季ミュージカル『オペラ座の怪人』。その作曲家であるアンドリュー・ロイド=ウェバーが、9月25日、21年ぶりに劇団四季(東京・横浜)を訪問し、稽古に参加した。登場人物やシーンに込めた当時の思いを、手掛けた本人が一つひとつ解説するという、あまりにも貴重なこの機会。一部始終をくまなくレポート!【前・後編の前編】

世界217都市で累計1億6000万人を魅了
20世紀初頭に発表された原作小説は、ミステリー色の強い作品だった。だがロイド=ウェバーは、その物語をファントム、クリスティーヌ、ラウルが織りなす三角関係のドラマを中心とした壮大なハイロマンスへと生まれ変わらせた。1986年のロンドン初演以来、その人気は世界中に広がり、日本をはじめ58の国と地域、217都市で上演。累計観客動員数は約1億6000万人に達し、ミュージカル史に残る不朽の名作となっている。
10月9日に初演40周年を迎える節目の年に、ロイド=ウェバーは日本を訪問。彼が劇団四季を訪れたのは、実に21年ぶりのことだった。
3人の運命が動き出す「楽屋」の場面

まず公開されたのは、「Little Lotte……」「The Mirror……Angel of Music」「The Music of the Night」の一連の場面。クリスティーヌ・ダーエが一介のダンサーからオペラ座のプリマ・ドンナに抜擢され、成功を収めた直後の楽屋に、新しく支配人となったラウル・シャニュイ子爵が現れる。彼はクリスティーヌの幼なじみで、再会を喜んで食事に誘う。しかし彼女は自分に歌を教え、成功へ導いた「音楽の天使」を放っておいてはいけないと、誘いを断る。
それでもラウルはクリスティーヌを強引に連れ出そうとするが、その様子を物陰から見ていた「音楽の天使」がクリスティーヌを隠してしまう。そう、この「音楽の天使」こそが、オペラ座に潜む怪人だったのだ。
怪人の正体を観客に勘違いさせる演技を
この場面のラウルについて、ロイド=ウェバーが詳細に説明する。
「ラウルは子爵であり、オペラ座の支配人にもなったいま、自分に確固たる自信があり、(みながオペラ座にいると噂する)怪人を、彼自身は実在するとは信じていません。
しかし、彼の尊大な態度やクリスティーヌに幼いころの昔話を持ち出して聞かせる様子は、初めてこの作品を見る観客には不可思議な印象を与える。『もしかして、この人が怪人かも…』と勘違いをさせてほしいのです」
書き手であるロイド=ウェバーは、こう考えながら曲を作ったことを明かす。それを受けてラウル役の加藤迪(すすむ)は、クリスティーヌへの懐かしさや親しみの中にも、自信に満ちた声と振る舞いへ、すぐさま演技を変化させた。貴族らしいノーブルな印象が、より鮮明になった。
高揚するクリスティーヌ、怒りを抑える怪人。そして3人の運命が動き出す

2025年にクリスティーヌ役に抜擢された奥平光音(おくだいら・みおと)には、一夜にしてスターとなった高揚感と、ラウルから食事に誘われた瞬間に押し寄せる感情について語りかけた。
「舞台を成功させ、楽屋に戻ったときの高揚感は、あなたにも経験があるからわかるでしょう。そこへ、海に飛び込んで自分が落とした赤いスカーフを拾ってくれた子ども時代のヒーロー、ラウルが現れる。頭の中がいっぱいになるけれど、ふと気づくのです。自分を成功へ導いてくれた怪人を放って、食事に行けるわけがない、と」(ロイド=ウェバー・以下同)
クリスティーヌの中には、2人の男性に対する感情が交錯するとロイド=ウェバーは説明する。
「頭の中では、安定した生活を与えてくれるであろうラウルのもとに行くべきとわかっていながら、音楽を与えてくれる怪人にも惹かれているのです」
続いて怪人役の飯田達郎には、激しく揺れ動く感情を説明した。
「怪人はもともと心の中に怒りを抱えています。異形の顔への怒り、世の中への恨み。それを抑えながらクリスティーヌに歌を教えてきたのは、彼女を自分のそばに置くためでした。
ところが、そこへラウルが現れ、怒りが爆発しそうになる。もしこの日にラウルが現れなければ、クリスティーヌとの間に良い関係が生まれていたかもしれない。それをラウルが台無しにした」
ロイド=ウェバーは、貴族として権力を持つラウルには、ある種の傲慢さもあると考える。
「怪人は、強い自分を押し出す人物を初めて目の当たりにし、ラウルをライバルになり得る存在だと認識します。もちろん、自分が音楽を利用してクリスティーヌを引き寄せたこともわかっている。なのに、ラウルのせいで彼女を失うかもしれない──そんな存在が現れてしまった。
この場面こそが、3人にとっての分岐点。ここから物語が大きく動き出す、とても重要な場面なのです」
残酷なシーンの直後に愛を語る

続いては、クリスティーヌとラウルが互いの気持ちを確固たるものとする「All I Ask of You」のシーンの稽古に。
2人の歌唱を聞いたロイド=ウェバーは「素晴らしい!」と大絶賛。
そのうえで、この場面はクリスティーヌが怪人の残忍な行動を目の当たりにした直後であるということを、あらためて説明。怪人への恐怖を抱えてオペラ座の屋上に逃げ出したクリスティーヌの、ラウルへの感情の動きについて伝えていた。
声で感情を巧みに操る
怪人役の飯田には、その後もシーンによって変わる“怒りの見せ方”を細かく説いていく。
終盤、怪人にさらわれたクリスティーヌを追い、ラウルがついに怪人の隠れ家にたどり着く「Beyond the Lake」では、「最初は、ラウルをまるで親しい友人をわが家へ招き入れるような、懐かしそうな声で。そして縄を首に掛ける瞬間、一気に豹変する」と助言。
ロイド=ウェバーによる非常に細やかな指導を受けながら、飯田は表情や声色を変えて見せる。そしてついにはこのシーンの印象そのものを、ガラリと変えてしまった。
楽曲の奥にある人物像を解くロイド=ウェバーの説明、そしてそれに応える3人の演技が鮮やかに変化していく。その様子は圧巻だった。

サラ・ブライトマンの見事な“倒れ方”
ロイド=ウェバーは、40年前のロンドン初演でクリスティーヌを演じ、当時は妻でもあったサラ・ブライトマンについて、こんな逸話も明かした。それはクリスティーヌが怪人の隠れ家で“あるもの”を見て気絶するシーンについて。
「サラ・ブライトマンはダンサーとしての基礎があり、体の使い方に優れていました。怪人役のマイケル・クロフォードと即興でやって見せた、相手の腕へ倒れ込む動作はそのまま採用されました。ほかの俳優にはまねのできない、独特で美しい倒れ方を実現したのです」
『オペラ座の怪人』に出演する以前、ロイド=ウェバーが手がけた『キャッツ』に出演して活躍していたサラらしいエピソードといえる。
ロイド=ウェバーによる指導は白熱し、時間を延長して続いた。「現代のモーツァルト」と呼ばれる天才作曲家が、40年前に創作した当時の意図や思いを詳細に語り、それを俳優が作曲家本人の目の前で演じてみせるという、このたびの稽古。日本はおろか、世界中のミュージカル界が羨望する機会であったことは間違いない。
後編では、アンドリュー・ロイド=ウェバーが、サラ・ブライトマンとの秘話やこれから手掛ける作品についても明かします。