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専業主婦から社長になった薄井シンシアさんが伝授!スタッフ育成で活きた「子育てに必要な3つの“E”」

薄井シンシア
専業主婦から社長になった薄井シンシアさん
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外資系ホテル・LOF Hotel Management日本法人の社長を務める薄井シンシアさん(63歳)。47歳のときに専業主婦から17年ぶりにキャリアを再開してから、紆余曲折な人生を送ってきました。そんな豊富な経験から人生を前向きに生きるヒントを探る連載「もっと前向きに!シン生き方術」。今回は、タイの学校カフェテリアのマネージャー時代に学んだことについて。異なるバックボーンの人たちと共に働く上で大切なこととは――? 職場に限らず、人と人とが交流する上で参考にしたい教訓がきっと得られるはずです。

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子育てに必要なこととスタッフ育成は同じ

前回、前々回は、タイの小中高一貫校のカフェテリアで、子供たちを相手にどう秩序ある空間を作り上げたか、子供たちのニーズをいかにつかんでそれに応えたか、といったことをお話しました。が、食堂のマネージャーですから当然、スタッフの仕事を指揮したり管理したりする仕事も担うわけです。カフェテリアには約60人のタイ人が働いていました。

薄井シンシアさん
カフェテリアのスタッフと笑顔を見せるシンシアさん
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実は、スタッフ相手のことは、子供相手のことほど、最初から私に確信があったとはいえません。ただ、自分なりにベストを尽くすなかで、その学校の学長が言われたことが、その後の指針になりました。学長は「あなたのマネジメントスタイルは子育てに必要な3つの“E”に基づいている」とおっしゃったんです。

いわく、子育てには「期待する(expect)」「教える(educate)」「褒める(encourage)」の3つが重要なのだとか。「あなたにはこれをやっている」と気づかせてくれました。このお言葉をきっかけに、以降は3つのEを心掛けてスタッフ教育に取り組みました。学長は常に私を観察していたようです。

ルールを破った人を責めるより、誰もが守れる仕組みをつくる

カフェテリアも飲食業ですから、年に数回ある会社が行う検査は一つの正念場です。私たちのカフェテリアは、みんな真面目にやっているのに、検査に失格しました。なぜなのか、検査機関に失格した理由を聞くと、味見用のスプーンを使いまわしていることが原因とのこと。そこで、スタッフとミーティングして、「同じスプーンを洗わずに繰り返し使ってはいけない。味見をするときは、必ずスプーンを変えて」とお願いしました。

薄井シンシア
タイの小中高一貫校のカフェテリアでマネージャーとしてさまざまな工夫を行った
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ですが、2回目の検査でもまた失格に。理由も1回目と同じで、味見用のスプーンの使いまわし。会議でお願いしても改善されなかったので、今度は厨房の様子を観察してみました。すると、スタッフそれぞれが味見用のスプーンを制服の胸ポケットに差して、いまだ使いまわしてることが判明したのです。それを改善するために、制服のポケットを外してスプーンを持ち歩けない状態を作り、改めて「味見するときはスプーンを変えて」と伝えました。

今度こそはと思っていましたが、3回目の検査でも失格になります。習慣はそう簡単に変わらない。うっかり使ってしまう人が多々います。ここで腹を立てても仕方がありません。私は言ったことがなぜ守られないのか、原因を考えました。

改めて厨房を観察すると、みんな使い終わったスプーンを、自分が作業する近い場所に置いて、そのまま使っていたのです。なので、使い終わったスプーンを入れる平らなトレー、新しいスプーンが入ってるパテという、それぞれの置き場所を用意して、動線上ここにあったら便利だと思う位置に置いてみました。

そこで、ようやくスプーンの使い回しが目に見えて減り始めました。最初は間違える人もいますが、根気よく教えると全員に浸透していきます。この対策後は、検査を一度で通過することが増えましたね。

薄井シンシア
専業主婦から復帰後、カフェテリアのマネージャーとして奮闘した
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この話の要点は、ルールは作ったら徹底するということ。でなければルールの意味がありません。ルールを徹底する覚悟がないなら、誰も守らないルールなんか作らないほうがマシ。みんながルールを守れる仕組み・環境を上司の責任で整えるべきです。

ルールが守られない状況を、守らない人たちのせいにするのは無益な考え方です。「みんなの意識が低いからダメなんだ」、そう思ったところで問題は解決しませんよね。うまくいかなかったら自分のやり方のどこがまずいんだろうと考える。そして改善する。それが合理的な問題解決の道筋です。

学びは一定期間後に必ずチェックすべし

前回、巻き寿司を開発した話をしましたが、子供たちのニーズに応えるために、カフェテリアのスタッフの皆さんには不慣れなこと、経験のないことにいろいろと挑戦してもらいました。というのも、料理はブランディングによって、同じ食材を同じだけ使っていても価値が変わってくるからです。

カフェテリアではタイ料理が1皿30バーツ(約100円)ですが、ハンバーガーは200円、焼き鳥などの日本料理は300円、タイの子供たちが大好きな「サブウェイ」のサンドイッチも300円です。同じ鶏肉を使っていても2倍、3倍の値がつく。これがブランドです。子供たちの好きな焼き鳥やサブウェイ風のサンドイッチを作れば、子供たちは喜び、単価が上がるので食堂の利益も増えます。

薄井シンシア
ときには失敗もあったが、そのたびに乗り越えてきた
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子供たちが「ブリトーが食べたい」と言い出したときは、一から勉強しました。ネットでレシピを検索して材料を買いそろえ、調理動画を見ながらスタッフと一緒に試作し、練習する。そうやって提供にこぎつけたブリトーは、もちろん人気メニューの一つになりました。

焼き鳥も同様に練習してもらってメニューに加えました。ただし提供を続けるなかで予想外の失敗もありました。最初の1か月はみんなが完璧に焼いてくれて、子供たちにも評判でした。ところがある日、子供たちが「これ変だ」「生っぽいかも」とザワザワ。見れば「焼き鳥」のはずが、生焼けの鶏肉にタレをかけてごまかしたような代物になっていました。

スタッフを追及したら、子供たちに急かされるので、つい生焼けで出してしまったと言う。「ついって言うけど、だったらあなたたちこれ食べられる?」と問いかけると、さすがに生焼けはなくなりました。そのかわり、今度は焼きすぎてかたくなる。それもまた指摘して、元に戻してもらいました。

自分の常識を前提にしないコミュニケーションを

電子レンジも、私の発案でカフェテリアに導入したものの1つです。当時、タイの一般家庭に電子レンジはめったになくて、電子レンジを見たことがないスタッフもいました。でも、焼いてから時間が経ったパンも電子レンジでふかふかになったら、子供たちが喜ぶだろうと思って入れました。

薄井シンシア
「自分の常識が相手にとっても常識とは限らない」と言うシンシアさん
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ところが、これも1か月経つと子供たちが「パンがかたい」「なんかパサパサ」と言い出しました。調べてみると、以前は当日の朝にパンを焼いていたのが、前日に焼く運用にいつの間にか変わっていました。スタッフは、焼いて時間が経っても電子レンジで加熱して出せば温かいし柔らかいからいいと思っているんです。

スタッフに悪気はないんですよ。ただ、電子レンジをよく知らないだけ。料理は出来立てが一番おいしいという前提はありつつ、レンジで温めたら冷めたままより美味しいよねという感覚が、彼らには分からない。電子レンジを使う日常を送っていないし、使っている人も周りにいないからです。「そうじゃなくて」と丁寧に説明して、パンは大変でも早朝から焼いてもらうようにしました。

自分の常識が相手にとっても常識とは限らない。これは今後、海外からの働き手が増えたり、高齢化社会で多世代交流したりするなかで、意識しておくべきことかもしれません。

◆LOF Hotel Management 日本法人社長・薄井シンシアさん

薄井シンシア
LOF Hotel Management 日本法人社長・薄井シンシアさん
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1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う大学のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラ社に入社し、オリンピックホスピタリティー担当就任するも五輪延期により失職。2021年5月から現職。近著に『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)。@UsuiCynthia

撮影/藤岡雅樹 構成/赤坂麻実、編集部

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