
「私たちは誰もが本来、『疲れず、痛めず、力を発揮できる体』を持っています。そのヒントこそが、いにしえの日本に伝わっていた『古武術式の体の使い方』にあると考えています」——『図解でわかる! 古武術式 疲れない体の使い方』(三笠書房)の著書で理学療法士の岡田慎一郎さんはそう言います。日常動作で取り入れることができる「古武術」のワザについて聞きました。
椅子から立ち上がる、正座から立ち上がる楽ワザ
「武術の世界には『歩く姿が武である』という言葉があります。『歩く=日常生活の立ち居振る舞い』が、武術のワザの基礎をつくるという考え方です。それほど、日常生活の基本動作が大切だということです」(岡田さん・以下同)
椅子から立ち上がる際、まっすぐ立ち上がると、下半身の重さを脚力で持ち上げることになり、ひざに負担が集中し、ひざを痛めやすくなると岡田さんは指摘します。ではどのようにして立ち上がるのがよいのでしょうか。
椅子からは「シーソーの原理」で
「椅子から立ち上がる場合は、足を引き、股関節から骨盤ごと上体を前傾させていきます。骨盤からお辞儀をするように前傾させていくと、頭の重さで骨盤が自然と上がります。これは『シーソーの原理』と同じです。筋力に頼らなくても、股関節・ひざが自然と伸びるのでラクに立ち上がることができます」


正座からは「頭の重さ」に引かれるように
「正座から立ち上がる場合も、股関節から上体を前傾させていきましょう。楽に立つポイントは頭の重さに引かれることです。自然と骨盤が上がり、片ひざが立ち、もう片方の足も引かれ、体が立ち上がります。頭の重さで引かれた結果、自然と立ち上がってしまう。全身が協力し合うことで負担が分散され、楽に立ち上がることができるのです」
疲れない「自然体」の立ち方
「『自然体』とは、胸を張らず、肩の力を抜き、全身をリラックスさせる姿勢を指します。頭、首、肩、腰、骨盤など天井からつられている意識で立つようにしましょう」
ポイントは、骨盤と腰骨がまっすぐなイメージです。腰に負担がかからないことを手掛かりに、立ち姿勢を調整しましょう。

椅子に座る、正座するときの楽ワザ
続いて、立ち姿勢から座る動作をするときの楽ワザを聞きました。
「椅子に座ったり正座をしたりするときに頭や腰を曲げると、脚力に頼ることになり、ひざへの負担が大きくなります。楽ワザのコツは、股関節から前傾することです」
「体を前に倒して」椅子に座る
「椅子に座る場合、体を前に倒すことが大事になります。股関節から上体を前傾させていくと、頭と骨盤がやじろべえのようにバランスが取れ、足腰への負担は激減します。ムダな力を使わずに自然に座ることができます。
上体を前に倒す前傾姿勢のポイントは、腰からではなく、股関節から上半身を曲げることです。臀部を少し突き出す意識で行うと、股関節から曲げやすくなります」
正座するときは「体を折りたたむ」
「立ち姿勢から正座する場合は、上半身の前傾と足を引くタイミングを同時に行うことがポイントです。そうすることでバランスがとりやすくなり、下がっていく動作に安定感が出やすくなります。
まずは骨盤と腰骨をまっすぐなイメージにして、股関節から前傾していきましょう。上半身のバランスが取れた状態で片ひざをつくと、ひざが(後方に)自然と引かれていくのが分かるはずです。両ひざをつけて座り、骨盤と腰骨をまっすぐにしたまま座りましょう」
この楽ワザを取り入れれば、太ももやひざにかかる負担を軽減することができます。

疲れない歩き方
歩く動作にも、古武術をヒントにした「疲れない歩き方」があるといいます。
「小指」を意識するだけ
「親指でしっかり蹴る歩き方は、足に衝撃がかかりやすくなります。小指を接地させるように意識して歩くのが疲れないコツです。かかとから足の外側、小指、親指の順番で接地させましょう。そうすることで土踏まずのアーチが保たれ、衝撃が分散されやすくなります」

リュックを背負うときは「腰」で歩く
荷物を背負っている場合も、歩き方次第で楽になります。
「リュックを背負って歩くときは、『脚』ではなく『腰』で歩きましょう。リュックサックを背負うと、底の部分に仙骨があたります。仙骨とは、お尻の割れ目の上、お肉があまりついていない部分です。リュックの重さで仙骨が押される意識で歩くと、重心移動による自然な歩行ができるため疲れません」
武術などで言う「腰で歩く」とは、そのような重心移動による効率的な歩行を指すそうです。意識を少し変えるだけで体の使い方を変えられますので、ぜひ実践してみてください。
◆教えてくれたのは:理学療法士・岡田慎一郎さん

1972年茨城県生まれ。理学療法士、介護福祉士、介護支援専門員。JAMSNET東京理事長兼事務局長。高齢者介護施設における身体介助法を模索するなか、武術研究家の甲野善紀氏と出会い、古武術の身体運用を参考にした「古武術介護」を提唱。近年は介護、医療、リハビリ、消防救命、育児、健康増進、教育などの分野で講演、執筆するなど多岐にわたり活動中。今年9月、『図解でわかる! 古武術式 疲れない体の使い方』(三笠書房)を出版。