夫婦の間にたちはだかる高くて厚い「壁」――。特にコロナ禍によってさまざまな“夫婦の壁”が浮き彫りになったといいます。そのひとつが「夫婦の会話」による夫婦のトラブル。仕事の話を聞きたがらない夫に、妻がイライラするそうです。新刊『夫婦の壁』で、「壁」の実態とそれを乗り越える方法について解説している、脳科学コメンテイター・人工知能(AI)研究者の黒川伊保子さんが、仕事の話をすると不機嫌になる夫の心理を解説。同書の中から一部抜粋して紹介します。
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【相談】家で仕事の電話をすると夫が不機嫌に。そんな態度にイラッ!
「うちは共働き夫婦です。コロナ禍をきっかけに双方の会社が時短営業やリモートワークを取り入れるようになったのですが、夫の前で仕事の電話をしたり、夫よりも仕事からの帰宅が遅くなることが増えたら夫が不機嫌に。私が仕事をすることに反対はしていませんが、コロナ前も私が会社での出来事を話すと不機嫌になることがありました。そんな夫の態度にイラッとします」(48歳・会社員)
【回答】“プライベートな時空”にいる家族を緊張させてはいけない
これは、夫の無理解というより、妻の側のマナーの問題かもしれません。家族がゆったりと寛いでいるリビングで、夫がいきなり仕事の電話をし始めたら、妻だって、子どもたちだって不快になるはず。寛いでいるとき、ヒトの脳神経系は“油断している”状態なので、緊張感のある電話対応が割り込むと、神経系が一気に緊張し、心拍数も上がります。無意識のうちに、相当なストレスを強いられます。
夫であれ、妻であれ、「家族が寛いでいる時空」に、外部との緊張感のあるやり取りを持ち込むのは、マナー違反。子どもたちにも、かなりの神経系の害になります。勉強に集中できなかったり、就寝時に眠りにくくなったりすることも。実はこのマナー違反、女性のほうが多いんです。女性脳はマルチタスク対応型なので、リビングで子どもの宿題を見ながらも、仕事の話もできる脳。このため、忙しいとついやってしまいがち。男性脳はマルチタスク非対応なので、家庭(リビング)に仕事を持ち込まない主義の男性も多く、パートナーにそれをされたら、ひどく脳が疲弊してしまいます。女性の何倍も不快なのです。
脳の使い方から勘案するに、妻の就労にもろ手を挙げて賛成できない夫たちは、仕事で家事が疎かになるからなんていう公の理由よりも、スーツ姿や仕事口調で電話に出る妻に、ストレスを感じているのかもしれません。もちろん、「リモートワークだから、しかたないでしょう!?」という気持ちはよくわかりますが、まずは、プライベートな時空で油断している家族を、無駄に緊張させてはかわいそう、ということを腹に落としていただきたいのです。
男性脳にとってイレギュラーは女性脳の何倍もストレス
しかも、「太古の昔から、荒野に出て、危険察知をしながら進化してきた男性脳」にとって、「イレギュラーな事態」への神経系の反応は鋭くかつ強く、女性脳の何倍もストレスなのです。「主婦が仕事をしているのが不快」なのではなく、自分の縄張りで安心して寛いでいるときに、「なんらかの外敵が飛び込んできて、本能的に身構えるストレス」に耐えきれないのです。思春期以降の息子さんがいらっしゃるなら、彼も同様です。
そのうえで、リモートワークを考えてみましょう。携帯電話がない時代は、(一部の仕事を除いて)家に帰れば、仕事が飛び込んでくることはありませんでした。だから、自然に、家族を安心させてやることができたのです。私の義父母は、腕のいい帽子職人で、家に工房がありましたが、工房を出たら、ふたりは仕事の話を一切しませんでした。仕事の関係者にお茶を出す場所と、家族がお茶を飲む場所も区別していました。工房に座るとすっと背筋の伸びる義父でしたから(緊張系の交感神経が優位になるのが見ていてわかりました)、おそらく、「仕事の空間」と「家庭」をわけておかないと、安眠できなかったのだと思います。
仕事を家庭に持ち込むと、子どもの成績が下がる?
一般のオフィスワーカーにとってリモートワークの歴史はまだ浅く、公私の区別があいまいなままに、仕事を家庭に持ち込んでしまうケースも多発しています。特に主婦も兼任しているかたは、家事のマルチタスクの中に仕事を入れ込んで、まぜこぜにぶん回してしまうことも。夫は文句を言ってくれるからまだましですが、子どもは文句も言わずに、眠りが浅くなったりしているかもしれません。眠りが浅くなれば、免疫力が下がったり、成績が下がったり、背が伸び悩む可能性だってあります。心して、仕事と家庭が混じらないように区別する必要があります。
空間をわけられるなら、しっかりわけましょう。リビングなどの「家庭」空間には、仕事を持ち込まない覚悟で。リビングを使わざるを得ないときは、時間を厳守しましょう。ときには、街のリモートワークブースを上手に活用するのもいいと思います。
家族は空間だけではなく、時間もわける
リモートワークで、せっかく空間をわけても、「この麦茶、飲んでもいい?」「あれ、買っておいてくれる?」「ちょっとこれ、手伝って」「あとで、これしといて」などと、好きなときに声をかけてくる家族がいると、これもまた相当なストレスです。家族は、空間だけでなく、時間もわける必要がある。つまり「時空をわける」べきなのです。
リビングを居場所にする家族がいるのなら、リビングは、9時〜11時半、13時〜15時立ち入り禁止、というように。家族は、それぞれに飲み物を確保して、自分の居場所に退去します。個々の時間には、用事があったらSNSやメールで。コーヒーブレイクを一緒にすることにして、用事を頼みたかったら、そのときにします。こういう工夫が、家庭を守ることになります。
行動計画の告知で不安を取り除いてあげる
妻の帰宅が遅くなって、夫が不機嫌になる。これは不満というより、不安なのかもしれません。台所を牛耳っている人がいないと、人って不安になるものなんです。私は子どもが小さい頃に夫の両親と同居していた時期があります。私はけっこう料理が得意なんですが、同居中は台所を牛耳るお義母さんが夕方になっても帰って来ないと「夕飯どうなるの?」って不安になるんです(笑い)。「料理はお母さんが作るもの」と決めつけているからではなく、管理者がいないことの漠とした不安です。きっとこのかたの夫も、「夕飯どうなるの?」という不安があるんだと思いますよ。料理が苦手だったらものすごく不安でしょうね。「妻が働いているのが不満」というのとは、少し違うように思います。解決策としては、遅くなる日は「今日の帰宅は19時30分頃だけど、お弁当買って帰るから安心して」などと情報を伝えてあげましょう。
「火曜と木曜は必ず早く帰る」など定番を決めておく
とにかく男性はイレギュラーに弱い。たとえば、週に一度しか残業しないという人でも、夫にとってはその一度が何曜日かわからないのが不安。ですから、「他の日は急に遅くなる日があるかもしれないけど火曜日と木曜日は必ず早く帰る」などと定番を決めておくと楽ですよ。少しずつ慣らしていけば、不在の日が増えても耐えられるようになります。
コロナ禍で、一気に進んだリモートワーク。イライラすることも増えたことでしょう。けれど、イライラは、話し合って収まるものではありません。イライラは、無意識に起こってしまう神経系の反応で、意図的に止めることはできないのです。仕組みやルールで、互いの神経系の反応を起こさないようにするしかありません。縄張り意識が強く、イレギュラーに弱くて、すぐに不安になる男性脳に、少しだけ妻が配慮してあげるといいですね。
◆著者:人工知能研究者、脳科学コメンテイター・黒川伊保子
1959年長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、”世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。著書に『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)『思春期のトリセツ』(小学館)『60歳のトリセツ』(扶桑社)など多数。