
1972年の『スター誕生!』で準優勝、翌年にデビューすると森昌子、桜田淳子とともに「花の中3トリオ」として活躍。歌手、女優として芸能界を席巻し人気絶頂を迎えるも、俳優の三浦友和との結婚を機に引退した山口百恵さん。そんな母の歌を歌い継ぐ長男でシンガーソングライター三浦祐太朗の歌声の魅力について、ライターの田中稲さんが綴ります。
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来たぞ、来た来た、予約していた三浦祐太朗さんのベストアルバム『歌い継がれてゆく歌のように』が到着した。 三浦祐太朗さんはオリジナル楽曲の発表と並行し、母・山口百恵さんの歌を歌い継いでいる。今回一番の楽しみは新録されている『絶体絶命』(1978年)のカバー。いざ開封の儀!

修羅場ソング『絶体絶命』で聴かせる「○○声」
『絶体絶命』は百恵さんの23thシングルで、阿木燿子さんによる歌詞は、もはや脚本! 同じ男性を愛する女性二人の掛け合いが斬新で、3分間の独り芝居のようである。
舞台は夕暮れ迫るカフェテラス。二股をかけられたヒロインが、もう一人の女性に彼と別れてほしいと直談判する。しかし断られる。そこに肝心の男がノコノコ遅れてやってくるのだが、「二人とも落ち着いて」「二人とも好き」と、腹立つことしか言わない。結局ヒロインは、身を引くのである。ザックリした説明で申し訳ない、要は修羅場の歌だ。そのヒリヒリ感を、三浦祐太朗さんの「○○声」(『美・サイレント』方式)で聴くのが楽しみ過ぎる。
早く聴きたい。クッ、ナイロンの包装がもどかしい。老眼ゆえオープンの箇所が見えづらい。あったあった、爪を立て一気にめくり、CDプレイヤーON!
さっそく1曲目が「絶体絶命」。デ・デデデ・デデ……というドラマチックなイントロが胸の高鳴りを煽る。「別れてほしいの彼と!」──歌い出しを聴き、私は嬉しさのあまり、サッカー選手のようにその場でスライディングし、天を仰いだ。
ああ、やはり最高の「○○声」! ○○の答えはズバリ「未練」である。
声はギョッとするほど山口百恵さんそっくりなのに、百恵さんの潔い女性とは違う、後ろ髪引かれる女性が思い浮かぶ。例えるならば、百恵さんバージョンは、カフェテラスから出て小さく微笑み、男の連絡先をスッと削除しそうだが、祐太朗さんバージョンは3か月くらい連絡先を消せそうにない。

甘えたようにしゃくりあげる語尾のせいだろうか。『横須賀ストーリー』のカバーも、「これっきりですかぁぁ」と、別れたくなくてすがりつこうと右手を伸ばしている姿さえ想像できる。
とにもかくにも、彼が百恵さんのカバーを歌うときに出る、尋常ではない、こじらせ乙女フレイバーに私は強く共感してしまうのだ。歌によっては、百恵さんというより、『わかって下さい』『別涙(わかれ)』の因幡晃さんを思い浮かべる。この人は生まれる時代がもう少し早ければ、ポプコンで優勝していたのではないだろうか。
ちなみに、「ポプコン」とは、失恋の名曲と、失恋楽曲にピッタリの美声を持つ歌手を多く輩出してきた伝説のコンテスト、ヤマハポピュラーソングコンテストの略である。小坂明子さんの『あなた』やあみんの『待つわ』、雅夢の『愛はかげろう』、因幡晃さんの『わかって下さい』、明日香さんの『花ぬすびと』——。書き出したらキリがないが、グランプリ以下、ロンリーな世界観の超名曲の宝庫。三浦さんの声に絶対合うと思うので、いつか、ポプコンカバーアルバムを出してほしい。

『心の花』の包容力
あまりの声の破壊力に話が変わってしまった。CDを聴き進めよう。『Tell Me Now』『JOY』という疾走感あふれるオリジナル楽曲に続き、百恵さんが主役を務めた伝説のドラマ『赤い疑惑』の主題歌だった名曲『ありがとうあなた』が来る破壊力たるや。「私のことなど忘れて」と歌いながら、「忘れないでほしい」という逆の気持ちがガンガン伝わり息切れがする。しかし休む隙も与えず、容赦なく『いい日旅立ち』というセンチメンタル爆弾が投下されるのだ。

そう思っていたら、再びオリジナル楽曲『ハタラクワタシへ』が流れてきた。背中を撫でてくれるように穏やかさに、鼻の奥がツンと来る。もう、情緒が大暴れである。
オリジナル楽曲は一転、誠実で少し繊細な青年がみえてくるのが、本当に不思議。百恵さんのカバーは未練声だが、オリジナルにはしっかりとした潔さを感じる。切ないけれど、どこか吹っ切りを感じる『Powder Snow』、音とリズムの洪水のような元気いっぱいの『Home Sweet Home !』。
包容力溢れる『心の花』は、タイトルにもなっている百恵さんのカバー『歌い継がれてゆく歌のように』と、曲同士が愛しい会話をしている気がした。
17曲がすべて終わり、大きく深呼吸。大切に歌い継ぐ覚悟と、自分を表現する楽しさが交互に伝わってくる曲順に心地よい余韻がジワリ。

振り返れば、私が三浦祐太朗さんの声の魅力を知ったのは、2017年にリリースされた、全曲が百恵さんのカバーアルバム『I’m HOME』だった。三浦祐太朗さんはあるインタビュー記事では、当時の気持ちを「最初はそんなことをしちゃいけない。僕が歌うのは、もともとの母のファンの方々に申し訳が立たないというのがありました」(スポーツ報知 2月4日付)と答えている。
私も、このカバーアルバムのリリースをニュースで知った時はやはり無謀だと思った。伝説となっている百恵さんの楽曲だぞ、やめておいたほうがいい、と。
しかし興味半分で聴いてみたら、これがすこぶる良く、『謝肉祭』は、私は百恵さんバージョンより気に入ってしまった。そして「聴く前から勝手に決めつけてはいけないなあ」と大反省したことを思い出す。
あれから7年。こちらの色眼鏡をスルッと通り越し、心に届いてきた湿気の粒子の細かさは増量中。ぬくもりと惑う心に溢れ、物語を感じる声である。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka
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