『心の花』の包容力
あまりの声の破壊力に話が変わってしまった。CDを聴き進めよう。『Tell Me Now』『JOY』という疾走感あふれるオリジナル楽曲に続き、百恵さんが主役を務めた伝説のドラマ『赤い疑惑』の主題歌だった名曲『ありがとうあなた』が来る破壊力たるや。「私のことなど忘れて」と歌いながら、「忘れないでほしい」という逆の気持ちがガンガン伝わり息切れがする。しかし休む隙も与えず、容赦なく『いい日旅立ち』というセンチメンタル爆弾が投下されるのだ。
そう思っていたら、再びオリジナル楽曲『ハタラクワタシへ』が流れてきた。背中を撫でてくれるように穏やかさに、鼻の奥がツンと来る。もう、情緒が大暴れである。
オリジナル楽曲は一転、誠実で少し繊細な青年がみえてくるのが、本当に不思議。百恵さんのカバーは未練声だが、オリジナルにはしっかりとした潔さを感じる。切ないけれど、どこか吹っ切りを感じる『Powder Snow』、音とリズムの洪水のような元気いっぱいの『Home Sweet Home !』。
包容力溢れる『心の花』は、タイトルにもなっている百恵さんのカバー『歌い継がれてゆく歌のように』と、曲同士が愛しい会話をしている気がした。
17曲がすべて終わり、大きく深呼吸。大切に歌い継ぐ覚悟と、自分を表現する楽しさが交互に伝わってくる曲順に心地よい余韻がジワリ。
振り返れば、私が三浦祐太朗さんの声の魅力を知ったのは、2017年にリリースされた、全曲が百恵さんのカバーアルバム『I’m HOME』だった。三浦祐太朗さんはあるインタビュー記事では、当時の気持ちを「最初はそんなことをしちゃいけない。僕が歌うのは、もともとの母のファンの方々に申し訳が立たないというのがありました」(スポーツ報知 2月4日付)と答えている。
私も、このカバーアルバムのリリースをニュースで知った時はやはり無謀だと思った。伝説となっている百恵さんの楽曲だぞ、やめておいたほうがいい、と。
しかし興味半分で聴いてみたら、これがすこぶる良く、『謝肉祭』は、私は百恵さんバージョンより気に入ってしまった。そして「聴く前から勝手に決めつけてはいけないなあ」と大反省したことを思い出す。
あれから7年。こちらの色眼鏡をスルッと通り越し、心に届いてきた湿気の粒子の細かさは増量中。ぬくもりと惑う心に溢れ、物語を感じる声である。
◆ライター・田中稲
1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka
●『やさしい悪魔』『危い土曜日』『わな』…伊藤蘭46年ぶりの紅白出場で思い出す「甘いだけじゃない」キャンディーズのビターな名曲たち
●《いつまでも聴けるわけじゃない?》華やかなカリスマなのに実直さを併せ持つ歌姫・安室奈美恵 楽曲「サブスク撤退」で思い出した「音楽のありがたみ」