「ママが買ってあげてもいいよ」と提案
高給取りの彼女にとって、ジャケットの値段は大したものではありません。私は「高い給料をもらっているんだから、買えるじゃない」とすすめましたが、彼女はいろいろ考えた末、「そこまでの価値はない」と買うのをやめました。私が「ママが買ってあげてもいいよ」とも言ったけれど、娘は「全くいらない」の一点張り。結局、何も買わずに2人で店を出ました。
私はその時、「この子は本当に価値観がしっかりしているな」「やっぱり私の子育てはうまくいったぜ!」とうれしくなりました。私の気持ちがわかりますか? 最後は価値観が大切なのです。娘は「自分の価値は物では測れない」と割り切って、購入するのをやめたのでしょう。だから、その気持ちを尊重しました。
娘との買い物は、いつもこんな感じなので大変。いろんな店を回るのに、結局、何も買わないからストレスがたまります。でも無駄遣いをしない姿を見るたびに、「ああ、正しい価値観で育ったな」と嬉しくなります。
娘は米国のロースクールで学び、学費は3年間で2500万円ぐらいかかりましたが、そのうち2000万円ぐらいは、自分でロースクールへ行く前に日本の外資系企業で働いて貯めました。
外資系企業は高給なので、派手な印象があるでしょう? でも娘は、就職前に住んでいたニューヨークの「ANN TAYLOR(アンテイラー)」というブランドで買ったスーツとコートを着続けました。会食に行ったとき、同僚から「この中で一番稼いでるのは彼女だけど、何でもない服を着てるよね」と言われたこともあるそうです。でも、彼女の価値はほかのところにあるから、収入が上がっても生活は変わらない。当時、ニューヨークで買った200ドルか300ドルの黒いコートを十年以上経った今も大切に着ています。
至福の時間は100円のたい焼き
今回、娘は私が10年前に購入して、ほとんど着ていなかったユニクロのダウンのコートを米国に持ち帰りました。そのコートは10年前、私が娘とお揃いで購入したもので、娘も同じものを持っています。でも彼女のコートは10年間使ってボロボロ。「ママ、これ使わないならもらっていい?」と言うので彼女にあげました。
それと、私が使わなくなった「WEDGWOOD(ウェッジウッド)」のお皿を持ち帰りました。私はサステナビリティが大切だと思っているので、「買わないで済むものは、全部家から持って行きなさい」と彼女に伝えています。娘も家の余りものを少しずつ持ち帰って、向こうで生活しているようです。
私と娘は、高額な給料をもらっているけれど、慎ましい生活をしているところが似ているのかもしれません。2人で週末に何をするかといえば、散歩に行って100円のたい焼きを買ってベンチで食べています。「この100円のたい焼きがおいしいんだよね」と幸せを見いだして満足する。そんなとき、私たちにとって、お金は「安心感と自由を買うための手段でしかない」のだと思います。
娘は21歳で一生懸命に働いているとき、「これだけ苦労して稼いだお金なんだから、くだらないものには使えないよね」と言いましたが、まったくその通りだと思います。
◆薄井シンシアさん
1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う高校のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラに入社し、オリンピックホスピタリティー担当に就任するも五輪延期により失職。2021年5月から2022年7月までLOF Hotel Management 日本法人社長を務める。2022年11月、外資系IT企業に入社し、イベントマネジャーとして活躍中。近著に『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)。@UsuiCynthia
撮影/小山志麻 構成/藤森かもめ