間宮祥太朗さん(30歳)と佐藤二朗さん(54歳)がダブル主演を務めた映画『変な家』が3月15日より公開中です。YouTuberである雨穴さんが手がけた動画と書籍を原作とした本作は、動画クリエイターと設計士のコンビが、“間取りのおかしな家”の秘密に迫っていくもの。物語がどこへ転がっていくのか分からない、スリリングな展開が続くホラー・ミステリーとなっています。今回は、本作の見どころや間宮さんと佐藤さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
* * *
恐ろしくもキャッチーな作品
本作は、作家でYouTuberの雨穴さんが投稿した動画をもとに書籍化された『変な家』を、石川淳一監督が映画化したものです。
この『変な家』というタイトルは多くのかたが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。YouTubeの動画もいまだに再生回数が伸び続けていますが、映画が公開されるよりもずいぶん前から、あちこちの書店で書籍が平積みにされていました。そんな作品の映画化ですから、注目度が高くなるのは当然です。
メガホンを取った石川監督は『エイプリルフールズ』(2015年)や『ミックス。』(2017年)、今夏公開の『赤羽骨子のボディガード』で知られる存在ですが、『リーガル・ハイ』シリーズ(フジテレビ系)をはじめ、数々の人気ドラマを手がけてきた存在でもあります。
主演に間宮さんと佐藤さんを迎え、恐ろしくはあるものの、非常にキャッチーな作品に仕上げています。
“変な家”からはじまる謎解き
“雨男”の名前で活動をする、オカルト専門の動画クリエイター・雨宮(間宮)。
ある日、彼はマネージャーから「引越しを考えている一軒家の間取りが“変”」なのだと話を聞かされます。そこで雨宮は、親交の深いミステリー愛好家であり設計士の栗原(佐藤)に相談をしてみることに。
栗原はこの家の間取りに対して生じる奇妙な違和感から、恐ろしい仮説を導き出していきます。
そんなところ、例の“変な家”のすぐ側で死体遺棄事件が発生。“変な家”と事件の関連性を疑った雨宮は、栗原と立てた仮説をもとに、一連の疑惑を動画にして投稿します。するとすぐに「宮江柚希」なる人物から、この家に心当たりがあるという連絡が入ります。
彼女と合流したことで、さらに浮かび上がるいくつもの謎。やがて彼らはその深部へと足を踏み入れていくことに。そこには絶対にのぞいてはいけない、恐るべき秘密が隠されているのです…。
川栄李奈らが個性派キャラクターを体現
本作は“間取りのおかしな家”との出会いを入口にして、恐怖のミステリーが展開していく作品です。この世界観を作り上げる個性的なキャラクターたちに、手練れの俳優陣が扮しています。
物語のカギを握る「宮江柚希」なる人物を演じているのは川栄李奈さん。本作のヒロインです。私たちは彼女に導かれるようにして恐怖の世界に踏み込み、歩を進めていくことになります。物語の序盤では謎めいた存在として雨宮や栗原、そして私たちを翻弄しますが、中盤以降は展開を左右するポジションを担っています。作品そのものの手触りにも影響を与える、その柔軟な演技の変化に魅せられます。
そんな川栄さんが主演を務めたドラマ『となりのナースエイド』(日本テレビ系)でも共演していた瀧本美織さんが柚希と関係の深い人物を演じ、斉藤由貴さんが柚希の母親役に。Creepy NutsのメンバーであるDJ松永さんが主人公・雨宮のマネージャーに扮し、長田成哉さん、根岸季衣さん、高嶋政伸さん、石坂浩二さんらが重要な役どころに配されています。ここに名前が並んだ一人ひとりが、『変な家』の世界観を体現しているといえるでしょう。
そのような作品を主役としてリードしているのが、間宮さんと佐藤さんのコンビなのです。
間宮祥太朗×佐藤二朗は異色のバディ?
本作『変な家』の物語は、間宮さんが演じるオカルト専門の動画クリエイター・雨宮の視点を介して進行していきます。つまり彼は、私たち観客を代表するような存在だというわけです。
その一方、佐藤さんが演じるミステリー好きの設計士・栗原は、雨宮が目の前にしている謎を推理したり、次に何をすべきかといったヒントを与える存在です。いわば信頼できる探偵的なキャラクター。このふたりが次から次へと現れる謎に立ち向かっていくわけです。
雨宮は観客を代表しているので、フラットなキャラクターでなければなりません。もしも彼が独りよがりな人物であれば、私たちは途中からついていけなくなるでしょう。対する栗原は“間取り”の情報だけから突飛なストーリーを妄想する一風変わった人物。喋り方をはじめ、なかなか個性的なキャラクターです。
雨宮と栗原は年齢的にも開きがありますし、本作においてそれぞれが担う役割も大きく異なっています。古今東西の映画やドラマに凸凹コンビが登場してきましたが、彼らの関係もまた、異色のバディといえるものなのです。いえ、これこそが正統なのかもしれません。