音楽が鳴った瞬間、カメラ目線で…
ヒデキの魅力を書き出すと、本当にキリがない。絶叫すら音程を外さないという恐ろしい歌唱力。どんなに顔をくしゃくしゃにして歌っても美しい顔。単なるガニ股も華麗なポーズに見せる長い脚。
全方位隙が無い彼のステージは、歌だけでなく、イントロ、間奏も気が抜けない。
というのも、音楽が鳴った瞬間、ヒデキからの「求愛」が始まるからだ。カメラ目線で、恋焦がれる女性に追いすがるような表情を浮かべる。絶妙のタイミングで「ハッ!」という掛け声を入れ、バレエダンサーのように伸びやかに手を伸ばしたかと思えば、しゃがみこみ、右往左往する。まるで私の気を惹くように!
昔見たライブ映像では、カメラが追い付かず、画面にヒデキが映っていないときもあったが、それも疾走感という味になっていた。
歌は「歌う」だけではなく、体全体で魅せる表現である、ということを、彼のステージを見ると思い出すのだ。近年は動画でもイントロを飛ばして、サビから再生して観る人も多いらしい。だが、ヒデキ楽曲でイントロを飛ばすのは、お腹のすいた午後、バーモントカレーを食さないのと同じくらいにもったいないことである。
「音楽は永遠」を証明
音楽は永遠だというけれど、まさに西城秀樹の愛され方、楽曲の残り方は、それを証明している。『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』が鳴ると、今でも自然と口角が上がり、体が動いてしまうもの。
私の現在のブームは、『サンタマリアの祈り』である。国籍を軽く飛び越えるパッションと哀愁! この歌を歌っているときの彼はロマンス国の住人だ。
AIのイラスト生成ツールにて、「ロマンス国 人」と条件を入れたら、ヒデキの似顔絵が出てくると私は確信している。
病と闘いながら歌う姿を見せ続けた勇気
しかしなにより彼が素晴らしいのは、病と闘いながら歌う姿を見せ続けた勇気である。3度の脳梗塞を乗り越え、2015年、還暦を記念して発売した『心響 -KODOU-』は本当に驚く。病気と闘いながら一年間をかけて制作したセルフカバーアルバムだが、言葉が出ない、ろれつが回らないという後遺症に苦しんだと思えないほど、素晴らしい歌声なのだ。
還暦コンサート(2015年4月13日)でも、立つのがやっとという感じなのに、歌い出すと、滑舌も音程もしっかりしていて、若い頃に引けを取らない。私はその映像を見たとき、本当に力をもらった。大好きなものを再び取り戻そうとするパワーの尊さを見た気がしたのだ。
彼は自身の著書で、こう記している。
「前へ進む姿を見せていれば、多少歌の完成度が下がっても、切れのある動きができなくても、見る方たちは感動してくださる。引っ込み思案になることはない。ありのままの姿で堂々と人前に出ていけばいいのだ。」(『ありのままに 「三度目の人生」を生きる』廣済堂出版)
その還暦コンサートにサプライズ出演し、友情の抱擁を交わした野口五郎さんが、彼が亡くなった後、自身のコンサートで、「抱きしめたんです。すると(西城秀樹が)全体重をかけてきたんですよ。実は立つだけで精いっぱいだったんです。お前、そこまでして、そこまでして歌おうとしてたの……、って。驚きましたね」と、声を震わせながら回想していた。
そこまでして歌い、旅立ったヒデキは、今も新しいファンを増やし続けている。
そして、様々な世代による「ヒデキ大好き!」という歓声やコメントに、いてもたってもたまらず、青い空からスルスルとロープを伝い、「ハッ!」とシャウトしながら降りてきそうな気が、するのである。
◆ライター・田中稲
1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka
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