
「年に一度は体の総点検を」と会社や自治体から届く健康診断の案内。病気の早期発見のため、自覚症状のない不調を見つけるため、しっかり受けるべきとされるが、「どのメニューを受けるべきか」「数値をどう評価すべきか」は医療の進歩にともない日々、変化している。そもそも、健診自体、受けるべきなのか。健康診断のいまを総点検する。【前後編の前編。後編を読む】
”将来の大病のリスクを事前に把握すること”が健康長寿への道なのか
《健康診断で心電図異常が指摘されると、軽度でも心不全や脳卒中、心筋梗塞を発症するリスクが上がる》
7月1日付で国際医学誌に掲載されたのは、京都大学と米ハーバード大学などの研究チームが、全国健康保険協会(協会けんぽ)の約370万人分の健康診断や診療報酬明細書(レセプト)のデータを分析し、明らかにした研究報告だ。一般健診でこれほど大規模な研究は極めてめずらしく、注目が集まった。
総人口における65才以上の割合が約30%と、超高齢社会に突入した日本では、健康寿命や予防医学への関心が高まり、“将来の大病のリスクを事前に把握すること”こそ、健康長寿への道とされつつある。厚生労働省「国民生活基礎調査」によると、20才以上で過去年間に健診や人間ドックを受けたことがある人は男性が73.1%、女性が65.7%と高い水準だ。国はさらに受診率を上げようとあの手この手で呼びかけるが、それは健康への道標どころか“死への道案内”かもしれない。
健康診断は寿命を延ばさない?
「先進国の中で、国を挙げて健康診断を行い、これほど健康診断への信仰があつい国は日本くらいです。しかし、健康診断が寿命を延ばすというエビデンスはどこにもありません」

健康診断をこう一刀両断するのは老年医学に詳しい精神科医の和田秀樹さんだ。和田さんが続ける。
「日本では労働安全衛生法という法律によって、企業が従業員に健康診断を受けさせなければならない決まりがあります。ですが、私自身は健康診断を受ける必要性には疑問があります。
日本の企業が健康診断を行うようになったのは1970年代頃からで、当時はサラリーマンといえば男性がほとんどで、女性は大半が専業主婦でした。つまり義務として健康診断を受けていたのは男性の方が圧倒的に多かったはずなのに、男女の寿命の差はかえって大きくなりました」
さらに、新潟大学名誉教授の岡田正彦さんは、「健康診断には、寿命を延ばすどころか縮めるリスクすらあります」と警鐘を鳴らす。
「検査をやればやるほど、“やったばかりに”見つけなくてもいい不調を見つけてしまい、過剰な治療を受けて不利益を被ることがあるのです」
レントゲン、胸部CT検査による被ばくのリスク
そもそも、健康診断には受けること自体が体にとって負担なものが少なくない。
多くの識者によってその筆頭に挙げられるのが「胸部X線検査」、いわゆるレントゲン検査だ。岡田さんが説明する。
「もともとは結核を調べるために始まった検査です。胸部に線を照射して、器官の異常を調べるものですが、結核が激減した現代、定期的に実施する意義は極めて小さいと言わざるを得ません。その一方で、受ければ放射線被ばくによる発がんのリスクが上がります」

岡田さんは、胸部X線検査が体に害を与える根拠についてこう続ける。
「旧チェコスロバキアで、40才以上の喫煙者男性6300人を、胸部線検査を受けるグループと受けないグループに分けて6年間の追跡調査を行ったところ、検査を受けたグループでは64人、受けなかったグループでは47人が肺がんで亡くなりました。検査を受けた方が、肺がんで多くの人が亡くなったことになります。
1回の検査で被ばくする放射線量はごくわずかですが、毎年受けることで放射線による害が蓄積すると考えられます。2004年に世界的な医学誌である『ランセット』に掲載されたオックスフォード大学の研究では、日本でがんを発症した人のうち、約4.4%が放射線検査の被ばくによって誘発されたと結論づけられました」
最近は、胸部線検査では見つかりにくい腫瘍などの発見のためとして「胸部CT検査」が行われることもあるが、これもやはりリスクになりうるという。
「低線量方式などと言われますが、被ばく量は胸部X線の数十倍と実は多い。強力なだけに、治療の必要がないごく小さながんを見つけやすいという特徴もあります」(岡田さん)
バリウムは精度の低さが指摘されている
また、昔からなじみのある「胃部X線検査(バリウム検査)」について疑問を呈するのは大竹真一郎胃腸内科院長の大竹真一郎さんだ。
「近年、バリウムは精度の低さが指摘されています。その一方で、体勢を変えながらさまざまな角度から撮影するので被ばく量は多い。受けるなら胃カメラの検査を受けるべきです」

バリウムにはこんな危険もある。
「のんだ後、なかなか体外に排出できずに長時間、腸に留まると、腸閉塞や腸穿孔を引き起こすリスクがあります」(大竹さん)
岡田さんは、健康診断にはつきものの「視力・聴力検査」にも懐疑的だ。
「目も耳も調子が悪くなったら自分で病院に行くわけですし、検査で病気が発見されにくいことも常々指摘されています」(岡田さん・以下同)
お腹まわりを計測する「メタボ健診」も「ナンセンス」だと一蹴する。
「お腹に脂肪がたまっている人は空腹時血糖などの検査値が悪いという研究データに基づいて始まったものですが、お腹の脂肪はCTやMRIを撮らないとわからないんです。それなのに腹囲を計測してメタボかどうか判断するのは意味がない。腹囲の数値で“メタボ”とならなくとも、実は生活習慣指導が必要な人たちを見落としてしまうことにもなります」
「血圧」「コレステロール値」で“健康・不健康”は判断できない?
数値によって「正常」か「異常」かが定められることによる弊害は大きい。
「日本では、健康診断の結果、基準値から外れていると、精密検査や投薬を“しなければならない”ことになっています。これが、過剰な医療へつながります」

その代表例が「血圧」だ。現在、日本国内での正常値は上が130mmHg未満、下が85mmHg未満とされている。
「世界で最初に血圧の正常値が統一的に公表されたのは1948年です。このときは、上が180mmHg未満、下が110mmHg未満でした。1977年に国際規約ができて、上が160mmHg未満、下が95㎜Hg未満になった。私はこのくらいが適正数値だと考えています。
そこからまたさらに二段階くらいを経ていまの数値になっていますが、医療界では“数値が下がれば製薬業界が喜ぶよね”という声が上がったほどです」
加齢とともに血圧はむしろ上がるのが普通だと岡田さんが続ける。
「血管は年を重ねるとかたくなっていきますから、脳に血液が行きにくくなるんです。血圧を上げて、脳や全身に血液を行き渡らせようとするのは自然の摂理といえる。それを薬で無理に下げたことで、お風呂で失神したり、トイレで倒れるという人は少なくない」
健康診断につきものの「血液検査」にも数値の罠が待ち受ける。「コレステロール値」もそのひとつ。
「これも年齢が上がれば高くなるもののひとつです。たしかにコレステロール値が高いと男性は心筋梗塞になりやすいのですが、女性の場合、閉経以後は自然と数値が増加するようになっているので、さほど心配はいりません」


そうした数値について“健診嫌い”を自認する解剖医で東京大学名誉教授の養老孟司さんが話す。
「健康診断を受ければ、自分の体についての情報を得られます。人は、持っている情報が多ければ多いほどいいと思い込んでいる節がありますが、決してそんなことはありません。それに、数字ばかりを見るということは、自分の体についての判断を他人に任せるということ。
頭痛が1 週間続いているけれど数字に問題がないから健康だろうと決めつけたり、逆に、特に不調は感じないけれど血圧が150mmHgだからどこかおかしいと思い込んだりしてしまう。数値に振り回されて、本当の健康状態を見失っては本末転倒です」
情報をいますぐアップデートすべき健診・検診
・胸部X線検査
結核が流行していた時代の検査で、結核がほぼ根絶されたいま、メリットよりも放射線被ばくによる発がんのリスクの方が大きい。
・胸部CT検査
放射線被ばく量は胸部X線検査の数十倍。強力な検査のため、治療の必要のない極めて小さながんも見つけてしまい、過剰医療につながる危険性がある。
・胃部X線検査(バリウム検査)
精度の正確性には疑問。また、体勢を変えてさまざまな角度から撮るため被ばく量が多くなるとも指摘されている。体外にバリウムが排出されずに腸に長時間留まると腸閉塞や腸穿孔を引き起こす恐れがある。
・血液検査
コレステロール値、中性脂肪などは「数値が高い」ことを理由に、診療を受けて投薬や治療が始まることも少なくないが、薬をのむことで病気が予防できるといったエビデンスはない。
・メタボ健診
腹部を含め、体内の脂肪はCTやMRIを撮らないとわからないため、腹囲を測ることの意味は極めて少ない。数値が低いからと、治療が必要な疾患を見落としてしまう可能性もある。
・PET検査
がんの転移先を見つけ出すことがメインであり、早期発見には向かない。微量の放射性物質を含む薬剤を体内に入れるので放射線被ばくのリスクや、がんではないのにがんだと診断される「偽陽性」のリスクもある。
・腫瘍マーカー検査
血液に含まれるたんぱく質の上昇を利用した検査で、良性の腫瘍にも反応してしまうため、がんではないのに精密検査などを受けることで体に負担がかかることがある。

※女性セブン2024年7月25日号