「残された家族に負担をかけないように」「残された人生を充実させるため」 ――そんな動機で身辺整理を始め、終活をまっとうすることが近年、超高齢社会のテーマになっている。しかし、実際は大切なモノを捨てて後悔している人が多くいる。残された人生を充実させるために本当に必要なのは、捨てることではなかった――終活ムーブメントから10年以上経ったいま、本当にやるべきことがわかってきた。【全3回の第1回】
芸能人も行っている終活
今年5月に惜しまれながら永眠したタレントの中尾彬さん(享年81)は、かねてより終活をしていたことを周囲に公言していた。
亡くなる11年前、遺族が揉めないよう遺言書を作成した。その後、生活を縮小するため、実家を改装したアトリエと沖縄のセカンドハウスを売却。とりわけ力を入れたのは生前整理で、妻の池波志乃(69才)とともに1万枚の写真やトラック2台分の推理小説、トレードマークだった大判ストール「ねじねじ」も200本処分したという。
人生の最期を迎えるための準備を進める終活は、超高齢社会の到来とともにすっかり浸透した。中尾さんのように「完璧な終活」を全うし、残される家族に負担をかけず旅立つ人も多い。
半面、それが裏目に出るケースもある。相続・終活コンサルタントの明石久美さんが言う。
「本来、終活は葬儀やお墓、相続の準備なども含みますが、いまは“モノの整理が終活”と思っている人が多い。子供たちに迷惑をかけたくないからと一生懸命モノを捨て、身辺整理を進める人がいる一方で、がんばりすぎて心身ともに弱り、終活したことを後悔する人もいます」
単に「もう古いから」と処分するのは昔の自分を捨てるのと同じこと
「終活ブームの折、“70代になったら体力がなくなるから早く始めた方がいい”と聞き、“私もやらなきゃ”と10年ほど前からモノを捨て始めました」そう語るのは節約術やお金のやり取りに詳しく、「おひとりさま節約家」と称されるブロガーの紫苑さん(73才)。
彼女が終活のためにモノを捨て始めたのは、60代前半を迎えた頃だった。「当時のムーブメントに影響を受けて“余計なモノはいらない”と思い込み、服や雑貨など身の回りのいろいろなモノを処分し始めました。生活しているとどんどんたまるので、合間を見て捨てていく感じ。そのうちに捨てるモノが徐々に減り、シンプルに暮らせるようになっていきました」(紫苑さん・以下同)
だが、いらないから処分したはずなのに、次第に気持ちがモヤモヤしてきた。捨てても捨てても達成感が得られず、たどり着いたのは「何で捨てたくないモノまで捨てなきゃいけないんだ」という憤りだった。
「特に洋服や着物はファッションが大好きだったから全部合わせると100着くらいあったけれど、“どうせ年を取ったら似合わなくなるから”という周囲の声をうのみにして、昔のモノは大量に処分しました。でもよくよく考えると、いまのシニアは見た目が若いから、昔の服や着物でもいま風にアレンジすれば充分着られるんです。
逆にシニアになって年相応の地味な服を着てもテンションが下がるだけ(苦笑)。いくつになってもファッションは気持ちが上がる大切な要素なので、周りの意見に流されて捨てたことを悔やみました」
年を重ねても“現役”で着回せるうえ、若いときに苦労しながらも心を躍らせて買った服には、「昔の自分が持っていた強いエネルギー」も詰まっていると続ける。
「すべて捨てたわけではなく、50年前にボーナスをはたいて何十万円も出して買った洋服や着物もいまだに着ています。見ているだけでも、どれほど無理をしようがどうしてもこの服が欲しかったあの頃の気持ちがよみがえり、懐かしさや愛しさがこみあげてきます。捨てるのは簡単ですが、単に“もう古いから”と処分するのは昔の自分を捨てるのと同じことで、後で必ず後悔します」
終活を始めて、モノが増えるケース
終活でモノを捨てて後悔するどころか、増えて満足するケースもある。終活のひとつ、エンディングノートの作り方を記した著書『自分で作る ありがとうファイル』を2019年に出版した女優の財前直見(58才、現在放送中のWOWOWドラマ『完全無罪』に出演中)が終活の大切さを知ったのは、義母の死後だった。
「義母は生前に葬儀やお墓をどうするかについては話しておいてくれていましたが、困ったのが遺品整理。掛け軸や絵画、着物、食器といった遺品の価値がわからず処分に四苦八苦し、山のようなチラシを捨てようとしたら裏側にキャッシュカードの暗証番号や金庫の開け方など大事なことが書いてありました。そのときの経験から、自分はそうした類のモノは手帳やノートにまとめようと誓いました」(財前・以下同)
長男出産を機に故郷の大分県大分市に移住し、50才の節目に終活ライフケアプランナーの資格を取得した。
自身も少しずつ終活を進めていたのだが、杵築市にある築133年の実家を建て替える決心をしたことから思わぬ事態が生じた。
「田舎に新居を建ててからは、モノを捨てるどころか増える一方なんです。そもそも同居する両親が“もったいない精神”なので、私が捨てたはずの品がいつの間にか元の場所に戻っていて“あれっ”みたいな(笑い)」
さらにモノを増やすきっかけになったのは旧家屋の梁や柱、煤竹を使って家具をリメークするなど、古い素材を有効活用してDIYに励んだこと。その姿をテレビが密着取材したことで、ますますモノが集まるようになったのだ。
「貴重な昔のモノを大切にしていきたいという姿が放送されて、いまではそれを見た人からお知り合い伝いに話が巡ってきて、最近ではなかなかお目にかかれない珍しいモノをいただくようになりました。つい最近も、貸衣装業を引退されたかたから声がかかり、着物好きの私と母が“見たい、見たい”と喜んで、着物の打ち掛けを7枚いただいたばかりです。
ほかにも食器や壺、竹かご、炭俵、茶釜、いろり、博多人形など貴重な品が続々と集まっています。おかげで処分するどころか増えるばかり。だけどまったく後悔はなく、いただいた品々は家に飾り、じっと眺めて愛でています。自分でしっかり管理できるのであれば、終活で必ずしもモノを捨てる必要はないことを実感しています」
モノに対する愛着で「捨てられない人間」も
一念発起して捨てた後、後悔が募って結局買い直すケースもある。歌手の伍代夏子(62才)は「この家はモノが多すぎる」と夫の杉良太郎(79才)に言われて発奮し、台所用品をメインに1日でトラック2台分を処分した。だが直後にモノに対する愛着に気づき、自分が「モノを捨てられない人間」だと思い知ったという。
過去に伍代は本誌『女性セブン』の取材に対し、大量のモノを捨てた後の心境の変化についてこう述べている。
「夫婦ふたり暮らしでも、いろんな食器から選ぶことが楽しいし、便利グッズなんかの調理道具も大好きで、結局ほとんど買い直しました。それ以来、モノを捨てなきゃというこだわりを捨てることにしました」(伍代さん)
※女性セブン2024年7月25日号