ここ10年のムーブメントとなっている終活。自分の死後に残された遺族のためにと、コレクションなど私的なものを処分する“生前整理”を意識する人が増えた一方で、愛着があるモノを手放すことが本当に必要なのか、否定的な意見もある。後悔しない生前整理とは――。 【全3回の第3回。第1回を読む】
* * *
モノを捨てることの負の影響
愛着のあるモノを手元に残すことで喜びやエネルギーを感じる人は少なくない。とはいえ自分よりも、家族が片づけに困るから――そんな気持ちで生前整理に取り組んでいる人も多いだろう。しかし実際にはモノを捨てることで、負の影響を被るのは当人だけではないと、相続・終活コンサルタントの明石久美さんは話す。
「親が行う終活で悲しい気持ちになることが多いのは、実は残された側。親はよかれと思ってモノを処分しても、子が悔やんだり嘆いたりするケースが多いんです」(明石さん)
一時期、積極的に“終活”を行っていた「おひとりさま節約家」と称されるブロガーの紫苑さんにもそうした経験があるという。
「紙焼きの写真世代だから2人の子供の写真が膨大にあったのですが、身の回りの整理を進めるなかで写りの悪いものをバッサリ捨てて半分くらいになったんです。でもあるとき、子供たちが“あの写真がない!”と言い始めたんです。結婚式では子供の頃の写真を披露しますが、そのための写真を選ぶ際、本人たちにとって大切な写真がなく騒動になったことがあります。以降、写真を捨てるときは子供の許可を得ることを肝に銘じました」(紫苑さん)
紙焼き写真のように、思い出が詰まっているうえに一度捨てたら買い直すことのできないものはトラブルの温床になりやすい。都内在住のAさん(34才)は10才のときに両親が離婚して、母子家庭で育った。
半年ほど前、一人娘だったAさんの結婚が決まると、母は荷物整理の意味も込めて終活を始めた。Aさんがショックを受けたのは、「父からの手紙」を母が処分したことだった。
「借金を背負って夜逃げ同然にいなくなった父は、落ち着いてから時折、私の様子をうかがう手紙をよこしていました。母としては“娘を育てたのは私”との思いからすべての手紙を捨てたのでしょうが、思い出が消えてしまったうえに父の所在が不明になりました。
結婚式に呼ぼうと思っていたのでショックで…。母を責める気はありませんが、実の父とのつながりが失われ、寂しくて仕方ありません」(Aさん)
親にかかわる品は子供にとって単なるモノではなく、かけがえのない「心」と深くかかわる。
遺品を処分して後から後悔も
事実、終活の情報メディア「終活瓦版」を展開する林商会が今年3月に10~60代の男女300人に行ったアンケートでは、287人が遺品を手元に残して「後悔はない」と回答した。また、「遺品整理で手元に残した遺品」は「写真や手紙」がトップで、「アクセサリー・宝石」「時計」が続いた。
「子供にとって親の遺品はモノというよりも大切な思い出なんです」そう語るのは明石さんだ。
「実際にお母さんが亡くなったのち、お父さんがアルバム写真を処分したり貴金属を換金したりして、子供が“大切な思い出なのになんてことを…”と嘆くケースが多々あります。また、両親が亡くなって、思い出の品を見るとつらいからとすぐに遺品を処分した子供が、何年か経って気持ちが落ち着いてから、“やっぱり捨てなければよかった”と後悔するケースもよく見られます」(明石さん)
処分するモノ・しないモノの見極め
では、本人も周囲も納得する形で必要ないモノだけ適切に処分し、終活を進めるためには、どうすればいいのだろう。まず必要なのは、「処分する・しない」の見極めだ。
「自分が好きなモノを捨てると後悔が生まれます。私の場合、取捨選択するなかで意識したのは“色”です。自分の好きな色・似合う色だけ残し、それ以外の色の服はバッサリ捨てました。洋服に限らず、自分が好きだったり、“トキメキ”を感じるモノは手放さず残しておいた方がいい。世間一般の“年が年だから似合わない”という考えに惑わされると後悔すると思います」(紫苑さん)
モノは単なるモノではなく、「思い」が込められるゆえに処分すると深い後悔がもたらされるケースをこれまで見てきた。
「いっそのこと、全部デジタル化すればいいんです」
そう提案するのは、シニア生活文化研究所代表の小谷みどりさんだ。
「思い出のアルバムや手紙などはすべてデジカメで撮影し、パソコンやネットに保存して現物は処分すればいい。写真や手紙に限らず、トロフィーや表彰状といった記念品や、夫婦で揃えたコーヒーカップなどのコレクションなども、デジカメで撮影してから捨てればいいんです。 思い出は思い出として、デジタル化して視覚に残しておけば後悔することはありません」(小谷さん・以下同)
捨てずに譲るという選択も
「捨てる」ではなく「譲る」ことも小谷さんはすすめる。
「思い入れのあるモノを処分することは大きなストレスを伴います。だから同じ趣味を持つ人など、モノに自分と同じ価値を見出す人に“生前形見分け”として譲るのがベスト。自分が亡くなった後もモノが大切にされるとわかれば、安心できるでしょう。コレクションなどはどこかの団体に寄贈してもOK。自分が大切にしていたモノを誰かが受け継いでバトンタッチされていくことが、理想的な終活です」
思いを託す相手が見つからない場合は、「業者」も選択肢になる。ただし、明石さんは選び方には注意すべきだと警鐘を鳴らす。
「いまは遺品整理を名乗る業者が増えており、経験の少ない遺品整理業者と料金や片づけなどで揉めるケースがよくみられます。整理する部屋で見積書をもらい、手順や追加料金など不明点を確認したうえで業者に頼んだ方が安心です」(明石さん)
スタートする時期も重要。紫苑さんは「整理をするなら、なるべく早く始めるべき」とアドバイスする。
「シニアになって慌てて減らそうとすると必要なモノまで処分してしまい、悔いが生じやすい。どうせ生きていればモノは増えるのだから年齢を重ねてからでははなく、若いうちからゆっくりと何が必要か必要でないかを判断する習慣をつけて“捨てる技術”を磨くことが大切です」
もしその判断が難しい場合、「全部残す」という究極の選択もある。
「生前に無理して処分しようとせず全部残して、“死んだら一切合切捨ててくれ”と子供に頼んでおくこともひとつの手。ただし、その場合は処分のための費用を全額子供に渡しておくことが不可欠です」(小谷さん)
捨てる・捨てないという最初の一歩から始まる終活には、さまざまな選択肢が用意されている。
周囲の意見に流されず、「モノを減らさないといけない」という思い込みこそいちばんに処分して、自分と残される人たちのために最適な答えを探してほしい。
※女性セブン2024年7月25日号