健康診断において、正常か、異常か──その境界線となるのが「健康基準値」。オーバーすれば、治療をすすめられることもあるだろう。しかしその数値は、医療の進歩や医薬品メーカーの都合で「コロコロと変わる」ものだ。国によっても基準は異なる。そんなあいまいな基準を信じていていいのだろうか。
日本では慣習の健康診断は海外ではほとんど行われてない
血圧やコレステロール、中性脂肪、血糖値……健康診断の結果を見て、都内在住の派遣社員Kさん(53才)はため息まじりにこう話す。
「つい先日、会社の健康診断の結果を受け取ったら、血液検査の中性脂肪の数値が少し悪くなっていて、病院の受診をすすめられました。確かに年をとったからか少し体重は増えましたが、普段から食事や運動には気を配っていて、いままでどの基準値も適正だったのが自慢だったので、なんだか憂鬱です……」
会社で一斉に行われる健康診断や自治体の特定健診は日本では慣習になっているが、実は海外ではほとんど行われていない。生活習慣に気を配っていても加齢に抗えず、思わぬ結果に一喜一憂するのはKさんだけではないだろう。新潟大学名誉教授で予防医学が専門の岡田正彦さんが言う。
「日本で行われる健診は、健康な人が将来起きるかもしれない病気のリスクを知り、病気を予防するという点で意義がある検査です。ただし、結果にこだわりすぎると健康を損なうこともあります。
いちばんの問題は、少しでも基準値を外れて病院を受診すると、すぐに薬が処方されること。年齢とともに服用する薬が増えていき、副作用や多剤併用の悪影響で健康を害するケースは少なくありません」
治療をするかどうかの判断の基になる健康基準値にも、確実な「正解」はなく、時代とともに移り変わっている。今年4月、日本人間ドック・予防医療学会は、HDLコレステロールの基準値を変更した。2019年には日本高血圧学会が高血圧治療ガイドラインを改訂し、治療の降圧目標を厳しく引き下げている。
時代とともに変化する数値と、私たちはどう向き合えばいいのか。
「LDL=悪玉」に科学的根拠はない
まず着目したいのは、今年4月に変更されたHDLコレステロールの基準値だ。日本人間ドック・予防医療学会は、「要精密検査・治療」値を「34以下」から「29以下」に、「要再検査・生活改善」値を「35〜39」から「30〜39」に変更した。今回の変更について、医療経済ジャーナリストの室井一辰さんが説明する。
「HDLコレステロールは『善玉コレステロール』ともいわれます。“血管の清掃車”として血液中の余分なコレステロールを運んで、肝臓に戻す働きがあり、数値が高いほどいいと考えられています。
今回の変更は“もう少し低くてもいい”との判断で基準値が緩和されました」
岡田さんも「HDLが高い人は『長生き症候群』と呼ばれている」と指摘する。
「HDLコレステロールが少なすぎると、血管にたまったコレステロールが分解されないので、動脈硬化が起こりやすくなります。海外の文献でもHDLは高いほどいいとされています」
むしろ女性が気にするのは40代、50代になると上昇しやすいLDLコレステロール値だろう(今年4月、日本人間ドック・予防医療学会による変更はなし)。
増えすぎると動脈硬化を起こすとされるため「悪玉コレステロール」といわれるが、室井さんは「LDLを悪玉とまで言えるか怪しい」と指摘する。
「そもそもコレステロールは体に必須の成分で、それ自体が明確に命を奪うという科学的根拠はありません。もはや欧米では、LDLが悪いものだとは考えられていません」