エンタメ

『シルエット・ロマンス』『スローモーション』『セカンド・ラブ』…女性歌手の表現力を覚醒させる来生きょうだいの楽曲 来生たかおの歌声は「優しく温かなグレーの彩り」

聴けば、心をロマンスに染められる来生たかお作品の数々
写真8枚

1970年代から数多くのアーティストに楽曲を提供してきたシンガーソングライターの来生たかお(74歳)。姉の来生えつことのコンビによる名曲が多く、『夢の途中−セーラー服と機関銃』や『シルエット・ロマンス』など、提供曲を自身のオリジナル・シングルとして発表したケースも多い。そんな来生たかおの世界について、ライターの田中稲氏が綴る。

* * *
いきなり冬がやってきた……。突然にもほどがある、とボヤキながらセーターとコートをアワアワと出している方、多いのではないでしょうか。私もです。

コートで身体を包んでも、心が追い付かない。クリスマスキャロルが聴こえても「あっ、えっ、クリスマス!? ハイハイ確かに時期的にはそうですね、ハイハイ(汗)」と焦ってしまう。冬のロマンチックモードへの切り替えには、秋という助走が必要不可欠なのだとつくづく思う。

ああ、どう切り替えよう。こういうときこそ音楽! 秋がないなら、来生たかおを聴けばいいのよ。私のラグジュアリーなハートが、ロマンスの匠、来生たかお楽曲を欲している!

♪シルエーッ……(←『シルエット・ロマンス』の一部を歌ってみました)

アイドルの表現力を引き出す来生きょうだいの作品

思い出してみると、私は来生えつこさん&来生たかおさんコンビの楽曲に、常に心をロマンスで染められてきた模様。お2人が姉弟なのか、兄妹なのか(調べてみたら姉弟でした)という小さなミステリーも含め、昔からその関係に惹かれていた。家族がタッグを組み、こんな美しい風景を紡ぎ出せるなんて、生まれる前から神が仕組んだとしか思えない。まさに運命!

お2人が描くのは、恋や愛のフィルターがかけられ、いつも以上に美しい色に染まった情景と、そこに浮かぶ想いのみ。煽るような強い言葉やリズムはない。それが、女性歌手の底知れぬ表現力を覚醒させ、恐ろしいほどのメランコリック&ドラマチック&ロマンチックが生まれるのである。

たまにアイドルの歌唱に「女優」を見る瞬間があり、テクニカルな上手さとはまた違う、表現力にびっくりすることがある。その作詞作曲の欄を見ると、必ず彼らの名があるのだ。「来生えつこ、来生たかお」と。クーッ!

具体的に、私が仰天した人たちの名前と曲を挙げてみよう。

・中森明菜『トワイライト〜夕暮れだより』(1983年)
・南野陽子『楽園のDoor』(1987年)
・河合奈保子『疑問符』(1983年)
・原田知世『悲しいくらいほんとの話』(1982年)

原田知世『悲しいくらいほんとの話』はドラマ版『セーラー服と機関銃』(フジテレビ系)の主題歌
写真8枚

ビビった。私自身の、アイドルが歌うバラードに目がない、という嗜好の問題あるだろうが、これらを歌う彼女たちは、歌の主人公として生きていた。

中森明菜さんはデビュー曲『スローモーション』や3rdシングル『セカンド・ラブ』(いずれも1982年)も来生作品。『セカンド・ラブ』は、大橋純子さんに提供する予定だったというのがビックリ。大橋さんが歌えば、また違ったラブの風景が広がったことだろう。

デビュー当時の中森明菜(1982年撮影。ph/SHOGAKUKAN)
写真8枚

アイドルだけではなく、艶やかな歌声を持った実力派アーティストの品と艶を底上げする点でも、恐ろしい威力を発揮する来生印。前述した大橋純子さんの『シルエット・ロマンス』(1981年)、桃井かおりさん(来生たかおさんとのデュエット)の『ねじれたハートで』(1982年)、薬師丸ひろ子さんの『語りつぐ愛に』(1989年)などなど、こうして書いているだけで、心が夕暮れ色になる。

女性歌手の歌声の品と艶を底上げする威力に驚いた
写真8枚

どんな他愛ない日常もロマンスに

改めて来生たかおさんを知りたくなり、オフィシャルサイトに飛んでみた。「スペシャル」のメニュー欄で読むことができる、本人の手による身辺雑記風の「コメント」がとても興味深い。あんなに美声なのに、タバコが大好きで50年間やめたことがない、と書かれていて驚いた。そういえば、うちの父も1日に1箱以上吸っていたが、「北新地の裕次郎」と異名をとるほどの美声であった。吸い方の問題なのだろうか。タバコについて考えさせられる。

最近では、クレジットカードを6枚も落としてしまった(しかも戻って来た)という、衝撃の日常がほのぼのと描かれていた。もう少し遡ると、お笑いコンビ・かまいたちの濱家さんのYouTubeを見て、ラッキョウ入りチャーハンを作ったという記述があり、萌えた。来生さんが作れば、ラッキョウ入りチャーハンだろうが、味噌ラーメンだろうが、すべて赤ワインと合う味になる気がする。

来生さんの曲を聴きながら読んでいると、どんな他愛ない日常もロマンスになり、勝手にいろんな妄想が湧き出てくる。危険だ。

往年の名ドラマ『積木くずし』の主題歌『無口な夜』。荒々しいドラマの空気を一気に静寂に変えてくれた
写真8枚

『積木くずし』主題歌『無口な夜』の思い出

来生たかおさんは、歌唱もすばらしい。彼の声は、楽器の音で言えば、ピアノの低音、もしくはオーボエ。美しく温かいが、静かな悲しみとも仲良しだ。この破壊力抜群の孤高かつ繊細な響きは、聴くタイミングを間違えると、地獄の一丁目まで連れていかれる。これはもう、低音が美しい歌手のバラードあるあるなのだが、「癒される」と「落ち込む」が同時に来るのである。

忘れもしない、1983年にメガヒットした、高部知子さん主演の『積木くずし』(TBS系)というドラマがあり、そのエンディングで流れていたのが、来生たかおさんが歌う『無口な夜』であった。

非行に走った娘を更生させようとする、実話をもとにした物語のため、毎回「うっせえよババア!」などといった怒声やケンカなど、壮絶なシーンがあった。その終わりに、心をなでるように来生さんの、「君がもし……疲れたまま眠っても……♪」という低くやさしい声が流れてくるのだ。

荒々しいドラマの空気を一気に静寂に変える威力があり、グッと胸に来た。いや、来すぎた。来生(きすぎ)だけに……。キメが細かい感動が、誰も入れたくない心のゾーンにまで沁みてくる感じで、この曲を聴くのがつらかった。つらいのに耳が求めるのでCDを買った(泣)。

喩えるなら、教会に行った時の気分。自分の抑えていた感情や隠していたものが、来生たかおさんの声を聴くことで、ぶわーっと溶け出てしまう。それに対しての清々しさと、ほんの少しの怖さみたいなものまで感じるイメージである。

『白いラビリンス(迷い)』もデンジャラス。1984年に発売され、作詞:来生えつこさん、作曲:来生たかおさんの神コンビに加え編曲がポール・モーリアというものすごい布陣で、聴いているだけで雪雲を召喚できそうな名曲だ。

中森明菜さんも歌唱しており(1984年発売のアルバム『POSSIBILITY』に収録。編曲は萩田光雄さん)、明菜さんバージョンも、来生たかおさんバージョンも、苦しいほど切ない。もはや歌声が白い……。

『白いラビリンス(迷い)』は明菜バージョンも来生バージョンも「苦しいほど切ない」(Ph/SHOGAKUKAN)
写真8枚

彼の声そのものがシルエットロマンス

来生さんは『白いラビリンス(迷い)』だけでなく、提供した数多くの曲をセルフカバーしてらっしゃるが、ほとんどが、セルフカバーというより違う曲に聴こえる。だから、南野陽子さんの『楽園のDoor』を聴いたあと、来生さんバージョンを聴いたり、薬師丸ひろ子さんの『セーラー服と機関銃』を聴いたあと、来生さんの『夢の途中』を聴いたりしたくなる。

『セーラー服と機関銃』を聴いたあと、『夢の途中』を聴きたくなる
写真8枚

彼女たちの瑞々しい表現力を光とするなら、来生さんバージョンは、ほんのりと影が重なった美しい物語。彼の声そのものがシルエットロマンスなのだ。

それは、印刷やパソコンで絶対に出力できない、優しく温かなグレーの彩り。

突然やって来た冬だが、来生たかおさんの曲があれば、秋が連れてくるはずだったロマンスが補充できる。

一日の終わり、お気に入りの布団にくるまりながら聞こう。

涙が出れば、そのままにしておこう。

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
写真8枚

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。近著『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

●《NewJeansハニのカバーで再注目》松田聖子の『青い珊瑚礁』伝説 1980年9月の『ザ・ベストテン』1位獲得は女性アイドル史の画期だった

●「何度も何度もレコードの針を置いて聴いた…」歌謡曲ライターが語り尽くす!さだまさしの歌との思い出“マイさだまさ史”

関連キーワード