
あなたが初めて携帯電話を持ったのはいつだろう。慣れない手つきで打ったメール、一瞬を焼きつけたいと撮った写真、なかなか消去できない家族からの留守番電話…いま、昔の携帯電話を再起動するサービスが話題を集めている。
思い出、秘密、青春、友情──引き出しの奥に眠っていたのは…
携帯電話の普及が進んだのは、メールの送受信が可能になった1999年頃。いまやスマートフォン(以下、スマホ)は生活の必需品となり、総務省の調査によると全世帯における普及率は90%を超えた。機能性はどんどん高まり、電池が劣化することもあって、携帯電話は「一生に一度」の持ち物ではなく、次々と「買い替える」人がほとんどだろう。
そして、古くなって使わなくなった携帯電話をずっと保管している人も少なくない。いま、そんな昔の携帯電話を再起動して、懐かしい思い出に出会う人が増えている。何年も前の携帯電話を久しぶりに起動してみたら、子供の幼い頃の写真や昔の恋人とのやりとりにキュンとしたり、亡くなってしまった家族の在りし日の姿に涙するなど、まさに、「令和のタイムカプセル」だ。
注目を浴びる「おもいでケータイ再起動」
自力では起動しなくなった携帯電話を復活させるプロジェクト「おもいでケータイ再起動」が注目を浴びている。同プロジェクトを2016年に始めた、KDDIの西原由哲さんが言う。
「私自身、古い携帯電話を複数台保管していましたが、充電器がなく、後で『子供が生まれたときの写真を見たい』と思っても再起動できず、困った経験がありました。おそらく、同じ気持ちのかたが多いのではないかと考えたのが始まりです」
数十年前の自分自身の姿、もう会えない人々の顔や肉声が蘇ることで「玉手箱みたい」との声も上がるという。

「印象に残っているのは、北海道のイベントでお会いした女性です。20代の娘さんが急に亡くなり、遺影の写真を探すために古いケータイを持参されました。再起動はできたのですが、暗証番号がわからず、スタッフみんなでお手伝いしたことです。後に、その中の写真が遺影になったと聞きました」(西原さん)
推計では、家庭に眠るガラケー(スマホ除く)は約6500万台(*)。その数だけ物語が眠っているということだ。
*ゲオホールディングスが関西大学の宮本勝浩名誉教授の協力の下、自宅に保管されている携帯電話の台数(2022年度)を推定試算したもの。
「おもいでケータイ再起動」拡大の立役者は倉庫に眠っていた30年前の機器
いまでこそ全国に広がった「おもいでケータイ再起動」だが、当初は小さなイベントで、規模が拡大したのはコロナ後のことだった。

「当初は、各年代のケータイに対応する充電器をそろえるのを主眼にしていましたが、当時の電池は、数年間放置すると過放電(携帯電話が認識できる残量以下まで放電すること)を起こし、充電器では充電されなくなることがわかりました」(西原さん)
何とか古いケータイを復活させたいとリサーチを続けた西原さんは、“充電池の神”と呼ばれる人物にたどり着く。それが、携帯電話のハードウェア設計を行っていた新保恭一さんだ。
「携帯電話ごとに仕様が異なる電池に対して最適に充電し、かつ安全性を確保するのは技術的に難しい課題でしたが、ある機器の存在を思い出しました。30年近く前のショップに配備していた、電池の最大容量の劣化度合いを測る『バッテリーテスター』です。スペックを確認すると、電池の状態を解析して最適な充電をする機能を持ち、イベントを安全に行える機器だったのです」(新保さん)
auだけでなく、docomoやソフトバンクなど他キャリアの機種もOK
ただ、バッテリーテスターのほとんどがすでに破棄され、全国からかき集められたのはわずか4~5台。
新保さんは、古いバッテリーテスターを、新たな“再起動専用キット”として技術面でリニューアルを促進。再起動プロジェクトの拡大につなげた。auだけでなく、docomoやソフトバンクなど他キャリアの機種も受け入れている。


「ケータイを復活させたいと思うのは皆同じ。通信会社の使命として、広く門戸を開くべきだと思いました。現在も、参加者の約6割が他社の携帯です」(西原さん・以下同)
2000年代はケータイがもっとも輝いていた時代。2001年発売の「INFOBAR」がMOMA(ニューヨーク近代美術館)の永久所蔵品に選ばれるなど、当時のケータイはデザインも振るっていた。
「イベントには、ケータイを愛するかたもたくさんいらっしゃいます。実は、再起動を行うスタッフには当時デザインに携わっていた社員もいて、『この部分、私が手がけたんですよ』と話すとお客さまも喜んでくださり、ぐっと距離が近くなります。
携帯電話は、使っているときは単なる通信手段かもしれませんが、時間を経ることで宝物にもなるということをこのイベントを通じて目の当たりにしました」
再起動後に不要となった電話はリサイクルへ。99.9%は再利用されるといい、環境面での効果も大きい。イベントは今後もずっと続けていく予定だ。
おもいでケータイ再起動の流れ
まず、電話本体の裏にある電池パックを取り出し、専用のバッテリーテスターで電池を再充電していく。標準的な所要時間は約30~40分。スマートフォンは対象外となる。復活できるケータイは、原則1組3台まで。


電池パックが復活したら携帯電話本体で充電し、電源が入れば復活成功。プリントアウトできた写真は携帯電話1台につき1枚持ち帰ることができる。ケータイの持ち込み・再起動~写真プリントまで参加時間は約1時間。復活したデータは自身でスマホやパソコンに保存する。方法はスタッフが教えてくれる。
再起動イベントで生まれた極上エピソード
亡き母の結婚祝いのデート写真
12年前、私が高校生のときに亡くなった母の写真やメールのやりとりが出てきました。特に、両親が結婚20周年のお祝いデートをしたときの写真は思い出の一枚です。闘病中の母がすごく喜んでいたと父から聞いていたんです。いまでも、父と一緒にふたりの結婚記念日をお祝いしているので、記念の一枚になりました。(R子さん)
写真が苦手な亡き夫の貴重な普段写真
2年前、夫が51才で突然病に倒れ、帰らぬ人に。写真に撮られることが苦手だった夫の数少ない写真の中で、絶対に見たい一枚がありました。それは2006年のクリスマスに撮ったもの。白いニットを着た何気ないカットで、ふだんの表情を写した貴重なものでした。撮った年や日付も、ケータイの機種も覚えているほどお気に入りでしたから、電源が入らないことが悲しくて仕方がなかった。今回また見ることができて本当にうれしいです。(Aの美さん)
認知症だった母の肉声に涙腺崩壊
10年ほど前のガラケーから、当時同居していた実母の画像が出てくればいいなと思い、2人の娘とイベントに参加。3人のケータイが復活すると、当時小学6年生の次女が綾波レイのコスプレをした姿や、まだスマートだった夫、父方の祖父母などの懐かしい画像が次々と復活して3人で大騒ぎに。
でも、実母の写真は見つからずあきらめかけていたとき、母からの留守電メッセージが見つかりました。内容は「至急来てください」という切迫したものと、車のナンバーについて話す元気な声。当時、母はアルツハイマー型認知症を患っていたので、半分幻覚の中で話していたのだろうと思いますが、それでも肉声が聞けてうれしいです。また会いたいなあ。(M美さん)
成人を迎えた娘の幼少期の写真や留守電にほっこり
成人式を迎えた娘に幼少期の写真を見せたくて、2006年に使っていたガラケーを再起動しました。これは、娘を連れて家を出て独立することを決めた時期のもの。娘が子供向けイベントで白衣を着ている姿やらなんやらが出てきて、タイムカプセルを開けているみたいな気分。
さらに、私が仕事で遅くなった日の、娘からの留守電メッセージが。「帰るのが遅いから心配しています。また後で電話ください」という不安そうな声。しみじみと聞き入ってしまいました。(T子さん)
愛犬の写真に感謝の気持ちが湧き上がる
クローゼットで10年眠っていたケータイに残る、愛犬ムーンの写真を見るのが目的でケータイを復活させました。
高校に入学したものの環境に適応できずにいた頃、ムーンを飼うことに。ともに暮らすうち、学校生活への意欲を取り戻せたのは、ムーンのおかげなんです。(A子さん)
大震災の避難時の両親からのメールで風化させたくない記憶が明確に
3.11(東日本大震災)で被災したときに、遠方に住む両親から「避難所に行けば水や食料が出るらしいよ。寒いから毛布を持っていくといいみたい」といったアドバイスのメールを見つけました。
そしてしみじみと、ケータイの中には、風化させてはいけない記憶も残っているのだなと感じました。5才の娘にもいつか伝える日が来るのかもしれません。(N夫さん)



「おもいでケータイ再起動」(参加費無料)
12月の開催予定
12/2~12/4 KDDIビルアネックス(東京都新宿区)
12/6~12/8 GINZA 456(東京都中央区)
12/13~12/15 au Style HIROSHIMA(広島県広島市)
12/14~12/15 JALウイングホール(東京都品川区)
12/20~12/22 十勝毎日新聞社(北海道帯広市)
東京都内では毎月開催中。以降の日程や予約については公式サイトで確認を。
https://www.au.com/omoidekeitai/eventlist/
取材・文/佐藤有栄
※女性セブン2024年12月12日号