17年の専業主婦を経て、日本法人の社長までキャリアを築いた薄井シンシアさんと、赤坂で昼スナック「ひきだし」を営み、ミドル世代のキャリア支援のプロでもある紫乃ママこと木下紫乃さん。対談の最終回は「ミドル世代が捨てたくないもの」について。仕事へのエネルギーを持て余しているのに、老いを受け入れて「体力維持」に励もうと葛藤するシンシアさんを「欲望のかたまり」と突き放す紫乃ママ。いつのまにかシンシアさんの人生相談になった対談で、紫乃ママとシンシアさんがたどり着いたのは?
シンシアさん「アドレナリンが出る仕事が好き。でも…」
――シンシアさんは、いま、なぜ「つまらない」のですか?
シンシアさん:お金を稼ぐ仕事はプレッシャーがあって、アドレナリンが出る。でも今は嘱託職員として働いているので、それを感じません。
紫乃ママ:「嘱託」は雇用形態の話で、仕事の中身の話ではないでしょう?
シンシアさん:今までの仕事と違うため、新しいことを学んでいますが、会社の業績とは関係が薄いかも。私がセミナーを開けば参加者が集まるし、街中で声を掛けられることも増えました。でも、私が努力しているわけではないからピンと来ない。
紫乃ママ:数字を追いかけてきた方だから、これからも努力して仕事で成果を取りたいんですね。
シンシアさん:仕事が好きで、運動が嫌いなんです。まだ働けると思うけれど、仕事を選べば仕事に走って、体力を維持する時間がなくなる。良い70代を過ごしたければ、トライアスロンのアスリートになるぐらいの気持ちでないといけません。
シンシアさん「人間はそう簡単に終われないから、やる」
――年を取ると、体力はますます衰えます。人生がつまらなくなる一方では?
シンシアさん:楽しいかどうかは関係ない。長生きもしたくありません。
紫乃ママ:仕事ばかりになって、運動をしなければ、体力が衰えるじゃないですか?
シンシアさん:人間は、そう簡単には終わらない。終わらないなら、やる。
紫乃ママ:私は「運動して体力を保持していかないと、老後に苦労するのはわかっているけど、やらない」っていうのも人間らしくて好きだけどな。
シンシアさん:他人のことは構わないけれど、自分にはあり得ない。でも運動は楽しくないし退屈です。
紫乃ママ:面白過ぎる。
シンシアさん:リスクマネジメントで考えると、私は70代に向かっていて、70代は相当に体力が落ちます。そうなることが目に見えているのに防がないわけにはいきません。
紫乃ママ:ある種の強迫観念に見える。真面目な方なのかもしれない。
シンシアさん:私も若い時は考えていませんでした。でも60歳の時に平らな道でつまずいて、ジムのトレーナーに「年を取って足が上がらなくなったのでしょう」と言われました。それを防ぐためには運動をしないと。
紫乃ママ:ああ、それはショックですよね。私もジムに行き始めたけど、しんどくなるまでやれば、絶対にやめるとわかっているから、「この辺が楽で楽しいな」ぐらいでやめちゃいます。
紫乃ママ「グラデーションで考えればいい」
紫乃ママ:でも「やるか、やらないか」のゼロヒャクではなくて、グラデーションで考えたらいいんじゃないんですか?
シンシアさん:体力に関して「そこそこ」はありません。
紫乃ママ:それはシンシアさんの考えね。「おいしいものを食べたい」とか、ほかにも欲望はたくさんあって、そこに時間を割けば、時間は少ししか残らない。でも「体力づくりもやらないよりはましだから」とやる人もいますよ。
シンシアさん:私にとって、やらないことは逃げること。 逃げることは、弱い自分を甘やかすことなんです。
紫乃ママ:いいじゃん、別に。
シンシアさん:絶対に嫌。他人に負けるのはいいけれど、自分にだけは負けたくない。他人はコントロールできないけど、自分はコントロールできる。それをしない自分が許せない。
紫乃ママ:平地でつまずいたのは、自分でコントロールできなくなったからじゃないですか。老化は絶対に進みますよ。
シンシアさん:それがすごく怖いんだよ……。 その時が来たら、受け止められないかもしれない。
紫乃ママ「将来は誰にもわからない」
シンシアさん:娘はニューヨークで働いているから年に1回しか帰りません。死に際も間に合わないかもしれないし、独りなんだろうな、と思います。ただ、弱い自分は嫌だから、老人ホームに入るとしてもベストな状態で行きたい。弱い時に新しいことを始めると、判断を間違えて不利になるでしょう?
紫乃ママ:弱っていると、準備もできませんよね。運動と仕事を「7:3」で住み分けることは、できませんか?
シンシアさん:そんなことができれば専業主婦になっていません。私はとことんやるタイプ。
紫乃ママ:それをわかっていることは大事。でも葛藤があるんですよね? 将来のことなんて誰にもわからないじゃないですか。
シンシアさん:わからないけど、計算はできる。
紫乃ママ:計算通りにいかないもんですよ。
紫乃ママ「シンシアさんは行動力のかたまり」
――捨てたくないものは、なんですか?
シンシアさん:好奇心。今もLinkedInの求人を見ると「この仕事なら絶対に私がやれる」と考えてしまうんですよ。そういう時は「でも本当にこの仕事をしてしまったら、体力維持の時間がなくなる」と自分を止めるけど、実は先週、履歴書を一つ出してしまいました。困ったもんでしょう?
――ブランド企業への再就職を断ったのに、なぜ履歴書を送ったのですか?
シンシアさん:履歴書を送ったのは教育関係の施設長。ハードな仕事では無いから、体力維持の時間も取れます。業務も外国人の留学生を迎えることだし、もしトップになれたら専業主婦の就職先も開拓できるかなと思ったからです。
紫乃ママ:オファーが来たらどうします?
シンシアさん:来た時に考えます。体力維持が中心の今の生活が、ものすごくつまらないんですよ。
紫乃ママ:働こうと思えば働けるじゃないですか? 時間は分配できるじゃないですか。
シンシアさん:できません。朝9時から午後6時まで働いたあとにジムへ行く体力がない。ジムって宗教みたいなもので、行かないとすごく罪悪感を感じる。運動しないと体力が落ちて苦労することが目に見えているのに、やらないのはバカでしょう?
シンシアさん「いま、人生にあきらめをつけようとしている」
シンシアさん:私は今、人生にあきらめをつけようとしています。子育てが最高に良かったから、再就職した後も、仕事と子育ての達成感を比べていました。でも、ある時に「子育ては過去。その達成感は二度と手に入らない」と気づきました。そうなると、働いちゃうよね。
50代は無敵でした。昭和のおじさんたちは外資系のルールや、他人が作ったルールで勝っても絶対に負けを認めないから、「こいつらの土台で勝つぞ」と思って、彼らより長く働きました。21時まで働いて、ジムでハードなプログラムをこなして、翌日午前9時の会議に出ました。でも今、あの時の働き方はできないから、自分を受け入れなくちゃいけない。
――シンシアさんは結局どう生きたいんですか? これからもさらに「上」に行きたいのか、それとも果てしない高原社会を生きていくのか、つまらないと感じつつ、体力の低下を遅らせながら老後を生きるのか?
シンシアさん:弱くなっていく自分を引き止めるしかない。これは、もう弱み。この弱みをどうするかは、今のところ答えが出ていません。
――シンシアさんは「こういうサクセスストーリーがある」ということを体現してきた。年を取り、仕事をしたいけど体力維持も必要になり、どっちつかずの自分が腹立たしいけど、答えは無い。日本社会で成長し続けてきた人が、その後、どうなったかという話はあまり聞かないから、ぜひ言語化してほしい。
シンシアさん:ブランド企業への再就職をやめたから、シングルマザーの支援組織を強化すること、が答えかな。