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《主婦年金廃止議論の核心》「主婦だけが“ひいき”されている」「働けば年金が増える」はまやかし…隠されているのは、女性と高齢者を“有効活用”しようとする国の思惑

主婦年金廃止議論は女性と高齢者を“有効活用”しようとする国の思惑だった(写真/PIXTA)
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少子高齢化社会で国の年金制度が危ぶまれる中、改革の“目玉”として「主婦年金廃止」が議論されている。しかし、その議論の中身を読みとくと、国民のためなどでは決してなく、国と企業のためでしかないことが明らかになった。 

「主婦年金」の廃止「見送り」が決定

2024年12月、厚生労働省は2025年の年金制度改革において、「第3号被保険者制度の廃止は盛り込まない」方針を示した。

厚生年金に加入している配偶者に扶養されている人は、年金保険料を納めずとも年金が受け取れる第3号被保険者制度は「主婦年金」とも呼ばれ、ここ数年で廃止に向けた動きが活発になっていた。だが、ここにきて一転して「見送り」が確定。なぜ、こんなにも議論が二転三転しているのか。

そもそも、なぜ主婦年金が廃止される向きになっているのか。そこには、「女性」と「高齢者」をできるだけ“有効活用”しようという、国の思惑が隠されていた──。

社会保険労務士の蒲島竜也さんは「今後も主婦年金が廃止されることはない」と断言する。

「10年以上前から“廃止になる”と言われ続けていますが、国は制度自体を廃止するのではなく、“自分の意思で第3号から外れる人を増やす”方向に舵を切っています。事実、現在、厚生年金の適用範囲は拡大しており、2023年度に第3号の対象から外れた人は、前年に比べて約82万人も増加しました」

第3号が適用になる“優遇される”専業主婦は、ごく限られた一部の人だけになりつつあるのだ。国は表向きは「廃止はしない」としておきながら、「第3号でいられないように追い込む」という、“実質的な廃止”を推し進めている。

その真意について、「年金博士」ことブレイン社会保険労務士法人代表の北村庄吾さんが分析する。

「単純に、表立って制度を廃止しようとすれば、反対の声が大きくなるからでしょう。厚生年金に半ば強制的に加入させることで“文句を言う人”を徐々に減らすことが目的。そうして、子育てや介護などでどうしても働くことができない人たち以外には主婦年金を払わないようにしたいという狙いは明らかです」

繰り返し使われた“不公平感の払拭”というフレーズへの疑問

そもそも、第3号被保険者制度ができたのは、1985年に基礎年金が導入されたとき。

「厚生年金が誕生したのは1961年。国民年金受給者増による財政の行き詰まりを解消する目的でした。さらに、厚生年金の加入者を増やすため、“厚生年金加入者に妻がいれば、働いていない妻の分の保険料を免除する”として生まれたのが第3号です。

時代が進み、夫婦共働き家庭が増える一方、第3号でいるために働き控えをする人が増えたり、“主婦が年金保険料を払わなくていいのは不公平”といった不満が出たりと、さまざまな問題が噴出していまに至ります」(蒲島さん・以下同)

第3号被保険者の年金財源は、働く人たちが納める厚生年金保険料だ。事実、給与に対する厚生年金保険料率は、1984年には10.6%だったのが、1985年に12.4%へ引き上げられた。“妻の保険料を夫が代わりに払っている”という構図なのだ。もし第3号を廃止し、厚生年金加入者全体で専業主婦を支える必要がなくなるなら、財源として増やされた1.8%分は下げるべきだろう。

労働組合の中央組織・連合会長の芳野友子氏(左)と経済同友会代表幹事の新浪剛史氏(右)は「廃止」を訴える。その主張の理由はともに“働き控えの解消”だ(時事通信フォト)
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また、廃止に向けた議論が進められる中で繰り返し使われるのが“不公平感の払拭”というフレーズ。だが、ここにも疑問が浮かぶ。

「第3号を廃止すれば不公平感が解消されるというのは真っ赤なウソ。公平にしたいなら、例えば共働き世帯の年金受給額を増やすなど、制度は残したまま、別のメリットを付帯させればいいだけ。それをしないのは、年金財源がまったく足りていないからでしょう。この先さらに財源が足りなくなったら、今度こそ年金の支給額を減らされるかもしれません」

すでにギリギリの年金財政を保つため、多くの人を厚生年金に“強制加入”させ、広く保険料を集めることに腐心しているのだ。

「将来的に枯渇することが目に見えている年金財源を確保するため、第3号への不公平感をあおり、厚生年金の適用拡大を進めているのです」(北村さん・以下同)

また、第3号廃止は働き控えをしている人たちの就労を促し、人手不足を解消する目的があるとの指摘もなされる。しかし、この制度があるからこそ出産や子育てができているという女性は少なくないはずだ。

「実質的な第3号廃止となれば、“子育てや家事に注力したい”という選択肢はおのずと消失します。少子化を加速させることにもなりかねません」

「働けば将来の年金額が増える」のまやかし

国はこの「財源確保計画」について、「パート主婦でも厚生年金に加入できるようになる」「働いて厚生年金に加入すれば、将来の年金額が増える」などと喧伝するが、そんなものはまやかしに過ぎない。

「多くの人が厚生年金に加入できるようになったからといって、必ずしも国民のためになるとは限りません。確かに、将来の年金額は上乗せされますが、いまの財政をみれば、そう遠くない将来、年金は減らさざるを得なくなるでしょう。最悪の場合、あと5~10年後には、払った保険料より受け取る年金額の方が下回る可能性もゼロではありません。

現時点でも、働いて払った保険料の元を取るには、40代くらいから、最低でも20年間、厚生年金に加入している必要があるのです」(蒲島さん)

そもそも、これまで働いた経験の少ない50代、60代女性が、いまから充分に年金を増やせるほどの仕事に就くことは、そう簡単ではない。

「厚生年金の支給額は、保険料の納付月数と収入で変わります。ごく一般的なパート・アルバイト業務では、厚生年金額が劇的に増えることは考えられません。

年収の壁で変わる手取り金額と年金受給額
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例えば、年収100万円で1年間働いたとしても、将来の厚生年金額は年間でわずか5500円程度しか増えません。その際の社会保険料を年間9万円とすると、“毎年9万円かけて、5500円増やしている”ということになる。元が取れるようになるには16年以上かかる計算です。充分な給与で働ける人も、厚生年金の受給額を充分に増やせる人も、限られているとしか言いようがない」(北村さん・以下同)

北村さんの試算によれば、従業員51人以上の事業所で働く人で、住民税、所得税、社会保険料がかかるようになる「106万円の壁」を超えている場合、年収が125万円でも、手取りはわずか105万円になり、“壁を超えなかった”年収105万円の人と、ほぼ変わらない。文字通り“働き損”になってしまうのだ。

年金も、手取りも増えず、国に納めるお金と労働時間だけが増える。これこそが、主婦年金実質廃止のカラクリなのだ。

厚生年金加入で手取りは激減

現在国会では、所得税控除のボーダーラインとなる「103万円の壁」の引き上げに向けて税制改正を進める方針だ。しかし、それに先んじて、撤廃が決まったのが前出の「106万円の壁」だ。撤廃時期は2026年10月頃とされているが、これが実現すれば、週20時間以上働く人は厚生年金への加入が必要となる。

国は「手取りは減るが、将来的な年金受給額が増える」とメリットを主張するが、手取りの減少額は上表の通り、決して小さい額ではない。「103万円の壁」の議論の盛り上がりをめくらましに、国民にとって極めて不利になるような決断がひそかになされていたのだ。

「“103万円の壁を178万円に引き上げ”などと言いますが、額面で178万円稼いだとしても、社会保険料が引かれて手取りは大きく減るため、厚生年金加入前よりマイナスになる人は少なくないでしょう。

それどころか、夫の手取りにも大打撃。大企業などは年間24万~36万円もの扶養手当が受けられる場合もあります。ところが、妻が社会保険に加入すると、それを全額失うことになりかねないのです」

働いたところで年金はわずかしか増えないうえ、手取りまで減らされる。北村さんは、「2026年まで厚生年金に加入しない働き方を選ぶなら、iDeCoや国民年金基金で運用すべき」とアドバイスする。

「106万円の壁を超えて手取りを増やそうとすれば、所得税がかかる。iDeCoなら、掛け金が所得控除の対象となります。2024年は新NISAがなにかと話題になりましたが、運用益が出なければメリットはない。まずはiDeCoで節税しながら『じぶん年金』をつくり、その上で余裕資金があれば新NISAを始めましょう」

「主婦年金は不公平」──そんな分断の裏に隠された思惑に気づかなければ、私たちはこれからも搾取され続けることになってしまう。  

税・社会保険料がかかる年収の基準額
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※女性セブン2025年1月16・23日号

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