今よりもっと重要なポジションに就きたい。あるいは、結婚や出産で仕事を辞めたあと再び社会復帰したい──そう思っても、日進月歩するITスキルに自信が持てず、躊躇してしまう女性は少なくない。ここ数年の人工知能(AI)の台頭は目覚ましく、取り残された焦りや不安からキャリアアップに二の足を踏んでしまうのも頷ける。
ところが、そのAIを味方にできるとしたら…。それも、自宅にいながら“無償”でそのスキルを身につけられるとしたら、かつての自分以上の仕事ができて、収入もアップする可能性が高い。そんな夢のような話が、現実にあるのだ。
すでに7000人の女性が参加
2024年11月、日本マイクロソフトが展開するAIスキルアップ支援プログラム「Code; Without Barriers in Japan/コード;ウィズアウト・バリア・イン・ジャパン(以下CWBJ)」の第二期募集が発表された。このプログラムは女性にAI人材として活躍するためのスキル習得の機会を提供し、深刻化する働き手不足の解消を図るというもの。加えて、IT業界にもはびこるジェンダー・ギャップを埋める狙いもあるという。
現在のプログラムは、「女性」に特化し展開している。パソコンを持っていて、WordやExcelといったマイクロソフト・オフィスを最低限扱えるなら、特別なITスキルを持っている必要はない。もともとIT業界に携わっていた人だけでなく、現在、派遣社員として一般事務に就いている人も多く、年齢も20代から60代まで多種多様だ。
同年5月から10月まで開催された第一期では約7000人もの女性が参加。そのうち約2500人がプログラムを終え、一定のスキルを身につけたことを承継する日本マイクロソフト社の公式デジタルバッジを取得している。
オンライン学習でも孤立しない 講師の支援で心に火がついた
派遣社員として事務職に就く花香さおりさん(52才)は元プログラマー。IT業界への復職を希望しながらも、16年のブランクや健康の悩み、結婚・出産などのライフステージの変化を乗り越えるのは難しかった。そんな中、たまたま読んだ新聞記事でCWBJの第1期募集を知り、これにかけてみよう参加を決めたという。
「現在は派遣社員として事務職についているのですが、いつかはIT業界への復職をしたいと思いつつ、ひとりでは何から手をつけていいのかすら、わからずにいました。そんなとき、AI未経験者でも、CWBJ のプログラムに沿って学んでいけば一定の知識と技術が得られると知り、応募を決めました」(花香さん)
花香さんはCWBJが「無料であること」や「女性に特化していること」、そして誰もが知る「マイクロソフトが提供するプログラムであること」も、参加を決める安心材料になったと話す。
CWBJには一般ユーザー向けとシステムの開発者向けのコースがあり、マイクロソフトの生成AI「Microsoft Copilot(コパイロット)」に触れ、理解と技術力を高めていくプログラムだ。講義は動画閲覧やオンラインで行われるので、「自宅にいながら隙間時間に受講できるのもありがたかった」と受講者は口を揃える。
「ほかにもときどきメンバー同士の交流をはかるためのイベントも企画してくれていたので、年齢や境遇は違っても、“生成AIを学んで変わりたい”という同じ目標を持つ仲間と出会えたことはとても励みになりました」(花香さん・以下同)
実際、「創る人」コースでは未経験の内容も含まれていて、挫折しそうになったこともあったものの、仲間や講師の励ましに救われて乗り切ることができたという。
「とくに講師がとても熱意のあるかたで、“やめるなんて言っちゃダメ。わからないことはちゃんと伝えてくれれば教えるから”と言ってくれたのが大きかったですね。教える側と教わる側に一体感のようなものを感じて、続けていこうと思えました。“もう、やるしかない!”という感じでしたね」
学んだAIスキルを即実践 現場で驚かれることも
プログラマー経験があったとはいえ、生成AIに関してはほぼ初心者だった花香さんだが、どのように学び、スキルを上げていったのか。
「生成AIのことを学ぶのにも、生成AIの力を借りたんです(笑い)。講義中にわからない言葉が出てきたら、Copilotに"専門用語を使わず説明して"と質問しまくっていました。ひとつわかるようになると、がぜん楽しくなって、先に進みたくなりました」
講義で得た知識は、すぐ実際の業務にいかせる。
「派遣先で、“これと同じやりかたで別のExcelのプログラムを作って”と言われたことがあったのですが、Copilotで生成したら、あっという間に完成して、“早いね!”と周りから驚かれたことがありました。もし自分でやったら、一つひとつ処理の設定をプログラムしていかなければならないので、かなり時間がかかったはずです。私自身もCopilotの速さには驚きました」
その後、花香さんはAzure(アジュール。マイクロソフトのクラウドサービス)のAI資格「Microsoft Certified: Azure AI Fundamentals(AI-900)」を取得。いまは自信を胸に、IT業界でのさらなるキャリア構築を目指している。半年前には考えられなかった自分がここにいる。
「なかなか次のステップに踏み出せずにためらっていたのが嘘のよう。気持ちを前向きに切り替えてくれるグロースマインドセットの講義があったのも大きかったと思います。おかげで、“人はいつからだって成長できるし、能力を伸ばすことができるんだ”と実感できました。自分で人生を切り開いていこうと思えたことが一番の収穫です。何ごともやってみなければわからないから、気になっているかたはまず参加してほしいですね」(花香さん)
バリバリの文系や還暦超えの人も
花香さん同様、AIスキルを取得したことで、考え方や生き方が変わったと話す参加者は多い。
もともとITに業界に携わっていた女性だけでなく、文系畑出身という人も少なくない。
また、現在は派遣社員として一般事務に就いている人も多く、年齢も20代から60代まで多種多様だ。
自己肯定感が高まり自分から行動も
看護師、専業主婦を経て、医療の現場で事務作業に携わる夜久美由紀さん(53才)は、自身を“テクノロジー弱者”だと痛感していたことから参加を決めた。
「修了したいま、業務をより効率よく進められる方法を提案することができるようになって、自分から動く機会も増えました。キャリアチェンジの可能性も広がって、新たな目標が次々生まれることに、自分自身が驚いています。自己肯定感が高まったのがうれしかったですね」(夜久さん)
“おかんの力”で世の“おとんのDX”を救いたい
「バリバリの文系でIT経験はなかった」と笑う戸田和子さん(49才)は、ITスキルだけでなく、新たな目標を手に入れた。CWBJで得たAIスキル使って中小企業を救うべく、サポートする仕事をしたいと考えるように。現在は、自ら経営者として「おかんDX」と銘打ったビジネスを立ち上げ準備中だ。
「中小企業の“おとん(お父さん)”たちのデジタル化を、私たち“おかん(お母さん)”の力で支援する、そんなイメージでしょうか。ほかにも、私と同じくキャリアブランクのある女性たちの就労などにもかかわっていきたいですね。AIの民主化を感じた半年間でした」(戸田さん)
オーバー60でAIを武器に
還暦を過ぎて、なお学びへの情熱あふれる新山実奈子さん(62才)は、現役の派遣エンジニア。この10年で収入を3倍以上にアップさせたという凄腕の持ち主でもある。それでも、これからも第一線で働いていくために、AIを自分の武器にしようと決めた。
「いくつになっても学び、技術を上げていくことは可能ですし、それが生きるモチベーションにもなる。AIスキルを身につけたことで、自分の成長スピードが加速していくのも楽しみ」と語る。