
医療の進化とともに発達障害への認知・理解が広まったいま、これまで人知れず苦しんでいた女性たちが「自閉症」と診断されるケースが増えている。大人になってから特性に気づくのはなぜか、徹底解明した。
アメリカでは女性の自閉症の診断率が増加
《診断率の増加は、成人男性よりも成人女性の方がはるかに高かった》
2024年10月に医学誌『JAMA Network Open』に発表された研究によると、アメリカで自閉症と診断される人は過去10年間で175%も増え、冒頭のように結論づけられた。アメリカ在住で内科医の大西睦子さんが言う。
「特に女性の増加が目立ち、どの年代でも300%を超えています。自閉症という言葉が世間に浸透し、障害への理解が広まったことで安心して検査を受ける人が増えたことが考えられます。
また検査方法の変更や診断の定義、環境要因の変化なども診断数に影響している可能性があります」
これはアメリカに限らず、日本でも同じように自閉症の診断率は増えている。
文部科学省の「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」によると、特別な教育支援を必要とする児童の割合は、2012年の調査では小中学校で6.5%だったが、2022年の調査では8.8%に増加した。
日本自閉症協会会長の市川宏伸さんは「今後も増えることはあれど、減ることはないだろう」と話す。
「研究が進むにつれて、自閉症と確定された症例が増えています。自閉症の診断が正確にできるようになったことがきっかけです」(市川さん)
「カモフラージュ」で見逃される
自閉症とは対人関係が苦手だったり、強いこだわりを持つなど多種多様な障害特性が見られる発達障害のひとつ。2013年のアメリカ精神医学会の診断基準により、「自閉スペクトラム症(ASD)」と表現されることが多くなった。お茶の水女子大学客員教授で神尾陽子クリニック院長の神尾陽子さんは、大人になってからASDと診断される人の特徴を「ものすごく賢くて敏感な人」と説明する。
「ASDには『感覚過敏』と呼ばれる特性があり、そのときの雰囲気や言葉に傷つきやすいです。親に怒られると普通の子より何倍も傷つき、これからはどうしたら怒られないかを考え続けて行動するようになる。
そういう子はよく見ると、警戒しながら相手を観察しています」(神尾さん・以下同)
空気を読むことは誰でもしているが、レベルが違うという。
「その場で取り繕うことは誰でもしますが、ASDの人は恐怖心から、怒られないために徹底して正解と思われる行動を模倣し続けます。その行動を専門用語で『カモフラージュ』といい、とにかく周囲にバレないように24時間気を張り続けているのです」
職場では“仕事ができる人”を“コピー”
このカモフラージュは女性が行うことが多く、実際に各国の調査から幼少期におけるASDの男女差は4対1と女性が少ないという結果が出ている。

「ASDの男児は典型的な症状を示すことが多いのに対し、女児はそこまで顕著に症状が出ません。女性は社会的行動をまねしたり、模範となる社会的状況をうまく乗り切る能力があるため診断が遅れたり、見逃されることが多いのです」(大西さん)
神尾さんが続ける。
「怒られないために必死に行動してきたので、大きな問題を抱えてこなかった優秀な人が多い。また、いい加減なことが嫌いという特性があるので、仕事も一生懸命に取り組みます。
職場では“仕事ができる人”を“コピー”して生きているので仕事はできますが、周りの人から“あの人は挨拶をしない”とか“空気を読めないところがある”と理不尽なことを言われると、深刻に悩んでしまうことが多い。
必死に成果を出しているのに不条理な目に遭い、理解できずにがまんしてため込み、結果として精神の不調が出るのです」
自発的に診察を受けに来る女性も増えている
頭痛や不眠、うつなどの症状が出て病院にかかり、その治療中にASDと判明するという。
「10年ほど前に診断基準が改定され、ASDなど発達障害の情報が広く周知されたことで専門外の医師も診断できるようになりました。
患者が増えたというより、もともと苦しんでいた女性がようやく社会に気づいてもらえたという方が正しいかもしれません」(市川さん)
しかし、神尾さんによるとASDが社会に認知されたことにより、自発的に診察を受けに来る女性も多いという。日常生活や社会生活に困難を感じながらも理由がわからず、友達に相談しても「そんなことは誰でもあるよ」と言われ、苦しさが伝わらず絶望してきた人たちである。
「専業主婦になり家事を一手に引き受けたものの、こだわりが強いために時間内に終わらせることができず、帰宅した夫から“家事もできないのか”と責められる女性や、ママ友グループの輪にうまく入れない女性。ほかにも、有能な職業人としてがんばってきたが職場のストレスで心身の不調に苦しむ女性など、環境の変化が原因で診察を受けに来る人が増えています。
問診で診断に期待することを尋ねると“新しい人生を踏み出したい”と答える人が多い。本当に苦しいどん底にいても、もっとよい未来にできるはずという感覚を持っていて、“私は悪いことをしていない”“がんばっているのでこんなことで終わるはずない”と、どこかで信じているからこそ自分と向き合おうと診察に足を運ぶ決心をされるんです。苦しみながらも前向きで、本当に強いなと感じます」(神尾さん・以下同)
そして診断された人は、どこか晴れやかな顔になるという。

「“自分の努力不足”“欠陥がある人間”と思い悩んでいたのが違っていた、無理な努力をしすぎていたことが明確になって楽になった、診断されてよかったとおっしゃるのです。
ある女性が“つきものが落ちたのはこういうことか”“空が晴れ渡ったようだ”と表現されていたのが印象的でした」
ASDとわかって職場を変え、のびのびと働けるようになった例もある。
「日本では“挨拶できない”と評価されず苦しんだ人が、思い切ってシンガポールへ移住したら“挨拶しないけど仕事はできる人”と評価されて、元気に活躍しています。特性があっても環境によって評価は変わるのです」(市川さん)
上司が変わっただけで元気になる例もあるという。もし苦しんでいるならば、まずは診察を受けよう。それが、生きやすい人生への第一歩となるかもしれない。
※女性セブン2025年2月6日号