
「少子化の時代に“子だくさん”はすばらしい」「夫婦仲がよくてうらやましい」──そんな風に「大家族」は幸せの象徴のように捉えられるが、果たしてそれは事実なのか。その裏には、望まぬ妊娠・出産を強要する「多産DV」という現実が少なからず存在している。当事者しか知り得ぬ闇を探る。【前後編の後編】
凄惨な多産DVの被害者は妻だけではない。子供に与える影響も深刻だ。ノンフィクションライターの清水芽々さんが言う。
「子供の数が多いほど下の子になるにつれてお下がり率が高くなり、サイズが合わなかったり流行遅れのデザインやキャラの服をあてがわれ、学校でからかわれることがあります。子供同士で部屋を共有するので勉強に身が入らず、提出物が滞るなどして学校での評価が下がることもあります」(清水さん・以下同)
親の保護が行き届かないゆえのリスクも抱える。
「現実的に、子供が多いと目も手もお金も時間も行き届かないことが多い。発熱や大けがなどは見つけやすいですが、アレルギーや持病の発見が遅れがちで、予防注射や検診を受けず感染症にかかりやすい。歯科受診も後回しになって虫歯が多く歯並びが悪くなりがちで、将来的な健康リスクが大きいです」
年少の子に手がかかり、親と向き合う時間が少ない年長の子がひがんだり、弟や妹に攻撃的になったりすることもあるという。さらには「ヤングケアラー」の問題も潜む。臨床心理士の永山唯さんが語る。
「家族の介護、そのほかの日常生活上の世話を過度に行う子供や若者がヤングケアラーです。昨年6月に改正された子ども・若者育成支援推進法で、ヤングケアラーは国や地方自治体で支援すべき対象に明記されました。特に障害や病気がなくても、家族に代わって親やきょうだいの世話をするケースも該当します」(永山さん・以下同)
もちろん、多子家庭の子供がすべてヤングケアラーになるわけではない。ただし、永山さんが要支援と判断して介入したケースでは、多子家庭という例が多くみられたという。

「多子家庭では、幼いきょうだいを世話するだけでなく、つわりがひどい母親の看病も必要です。子供は当たり前のことをしているつもりでも、かかる負担は計り知れません」
女性クリニックWe!TOYAMA代表の産婦人科医で、数多くの多産DVの女性と接してきた富山県議会議員の種部恭子さんも、母親のメンタルケアをする子供が背負う重荷を危惧する。
「私の感覚では、下の子の面倒を見たり家事を手伝ったりする子よりも、母親の心理的ケアをする子が圧倒的に多い。そもそもDVを受けている母親はそれを誰にも知られたがらないが、少なくとも子供は気づいています。そして、自分が母親を守らないといけないと思う子供もいれば、なかには父親に加担して母親をばかにする子供もいます。
どちらの場合も、父親の顔色をうかがうようになり、自己肯定感が育たず心が病んでいきます。加えて子供自身も家のなかのトラブルを他人に知られないようにふるまうため、外部から見て“注意が必要な子”と気づきにくくなります」
さらに根深いのは、この問題が当事者の世代にとどまらないところだ。
「望まぬ妊娠・出産は、その家庭の子供の望まぬ家事・育児への参加を強いてしまいかねません。その結果、学業へ割く時間が奪われたり、家計を助けるために早くから働き出すなど、将来の選択が狭まってしまう可能性があります。その環境を当たり前に受け止めてきた子供たちは、若くしての妊娠・出産や避妊の術を知らない、あるいは避妊の策を講じないなどある意味、妊娠・出産へのハードルが低くなっている場合もあります。そうなると多産DVや経済的困窮が何世代にもわたって繰り返される恐れがあります」(永山さん)
衣服の破れや体の傷など証拠を集めておけば協議離婚や離婚裁判で有利になる
世代間連鎖を招きかねない多産DVをどう食い止めればいいか。種部さんは「夫からの性行為の誘いをきっぱり断っても怖い思いをしない関係性が大事」と語る。
「“断ってはいけないのでは”と思い込んでいるかたもいますが、嫌なものははっきりと断っていい。それができないときには、確実な避妊をして、望まない妊娠・出産から自分を守ってほしい」(種部さん)
ただし、すんなりと夫が応じるとは限らない。続いて「話し合い」の可能性を探りたい。問題を外に広げていくことも重要だ。ベリーベスト法律事務所の弁護士・齊田貴士さんが言う。
「話し合える関係になければ、子供を連れて実家に帰る、行政や産婦人科医に相談するなどして冷却期間を設ければ、夫が自分の過ちに気づくきっかけになるかもしれません」(齊田さん)

他方でこれまで見てきた通り、多産DVを受ける妻は「悪いのは自分」と思い込んだり、妥協したりあきらめたりして現実から目を逸らしがちだ。自覚があっても世間体などを気にして本人の胸の内にとどめやすい。周囲で、子をたくさん持つ家族や友人、知人などの異変に気づいたら、注意深く接しよう。ただし、間違っても、子供が多いという理由だけで「多産DVでは」と決めつけることはあってはならない。
「DVを受けるのは自分のせいだと思っている女性が多いので、“なぜ逃げないのか”と詰問するのではなく、“あなたは一生懸命生きてきたね”とまず肯定することが重要です。そのうえで夫に従うのとは別の選択肢があることを示してあげてほしい」(種部さん)
その際、内閣府男女共同参画局のDV相談ナビ、配偶者暴力相談支援センターなどの行政機関や、弁護士、警察などが頼りになる。3月に新著『セックスコンプライアンス』を上梓した、弁護士の加藤博太郎さんが言う。
「本人が夫との性交渉などに負担を感じて心身ともに疲弊している場合、こうした行政機関や第三者に相談して対策を練ることをすすめます」
話し合いや行政、第三者の介入で問題が解決しなければ、その先にあるのは「立件」と「離婚」だ。前述の通り、刑法改正で「不同意性交等罪」が新設されて、夫婦であっても望まない性行為は刑事事件として罪に問われやすくなった。

「重要なのは証拠を残しておくことです。夫に無理に求められたら録音し、抵抗して衣服が破れたり物が壊れたりしたらそれも保管しておきましょう。また体に傷ができたら写真を撮り、病院で診断書をもらっておけば夫を罪に問いやすくなります。立件ではなく離婚を望む場合も、そうした証拠を集めておけば協議離婚や離婚裁判で有利になります」(加藤さん)
大切なのは当事者の決意や行動と、周囲のサポートだけではない。社会全体が意識をアップデートすることも欠かせない。
「近年、女性の地位や権利が改善してきているとはいえ、“家庭はこうあるべし”というアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)、旧態依然とした慣習はまだ日本に根強く残っています。そこに生き苦しさを感じる人もいると思うので、社会全体で意識改革をして、おかしいと思うことにはおかしいと声を上げられる社会にしていくことが重要だと思います」(齊田さん)
生まれてくる子供が幸せになるためにも、すべての当事者が明るい笑顔で祝福される出産が求められる。

※女性セブン2025年5月1日号