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《定年退職か早期退職か“究極の選択”を考える》早期退職なら退職金が増額するが「年金繰上げ」で定年退職より損となることも…退職金だけの豊かな生活は無理な現実 

定年退職と早期退職は人生を左右する重要な選択になる(写真/PIXTA)
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「生涯現役」が当たり前になりつつある時代、「定年退職」してなお働き続ける人は多い。むしろ、定年を待たずに「早期退職」を選び、“新たな人生”をスタートさせる人も増えている。定年退職かはたまた早期退職か、この選択は、退職金の額も、年金も、さらには健康状態や夫婦関係まで左右する“究極の二択”なのだ。【前後編の前編】

早期退職の退職金額は定年退職より「年収の1.5年分」上乗せが多い

今年4月1日から、定年は実質的に「65才」になった。高年齢者雇用安定法の改正により、60才以上の従業員が希望した場合、65才までの雇用が義務化されたからだ。退職金の受け取りや年金の受給開始が絡む60代にとって「いつリタイアするか」は、その後の人生を左右する重要な問題だ。

65才で「定年退職」すべきか、60才で「早期退職」すべきか──どちらを選ぶかで、手に入るお金とその後の生き方は大きく変わる。

「退職金」は、老後の暮らしを支える重要な柱の1つ。社会保険労務士の蒲島竜也さんによれば、金額は「中小企業は1000万円前後、大企業は2000万円前後、公務員は2000万〜2500万円くらい」だ。

生命保険文化センターの調査(2022年)では定年を60才とする企業がもっとも多いが、今回の改正を踏まえて「65才で定年」と考えると、当然退職金の平均額はやや上がる。ファイナンシャルプランナーの服部貞昭さんによれば、厚労省の調査から試算した65才定年の場合の退職金の平均額は約2139万円だ。ただし早期退職の場合、退職金額は通常の定年退職より「年収の1.5年分」上乗せされることが多い。近年は、退職金割増を条件に希望退職者を募る企業も増えている。

「前出の65才定年と同条件の場合、60才で早期退職することで、受け取れる退職金は約2229万円になる計算です」(服部さん)

「早期割増退職金」で「年金繰り上げ」は損になる
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マネージャーナリストで税理士の板倉京さんも言う。

「退職金には社会保険料がかからないうえ、退職所得控除で税金も安くなる。例えば、割増分が年収3年分とすると、63才まで働いて受け取る給与額より、60才で早期退職した方が手取りが多くなるということ。働き続けるより、早期退職して割増退職金を一括でもらう方が、金額的には有利になります」

だがこれは、あくまでも「退職金」の話。それとは別に、老後の暮らしを支えるもう1つの重要な柱が「年金」だ。

年金繰り上げの“減額ダメージ”

年金は原則として65才から受給開始となる。受給額は、例えば勤続40年の会社員の夫と専業主婦の妻であれば、夫婦合わせて月額約23万円が相場だ。仮に90才までとすると、受給額の合計は約6900万円。65才で定年退職し、同時に年金の受給も開始すると考えると、退職後に得られる総額は2139万円+6900万円=夫婦で9039万円にもなる。

では、60才で早期退職するとどうなるだろう。退職金のみを比較するのであれば“有利”だが、毎月の収入はなくなる。充分な貯蓄がある場合や、再就職をするなど“第二の人生”の過ごし方はそれぞれだとしても「年金を繰り上げ受給する」という選択には注意が必要だ。

90才までに受け取る総額を比べると、定年退職に軍配が上がる(写真/PIXTA)
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年金は1か月繰り上げるごとに0.4%ずつ減額されるため、5年で24%の減額になる。すると、割増された退職金2229万円に減額された年金約6293万円を合わせて、90才までの収入は約8522万円。65才で定年退職するより、約500万円も少なくなる。

月々の収入がなくなる分、それを埋めるために年金の受給を繰り上げれば、受け取るお金は減ってしまう。目先の割増退職金に目がくらんで仕事を辞めては、後悔するかもしれない。

退職金だけでは豊かな老後は難しい

もちろん、年金を繰り上げず、65才までは割増退職金とそれまでの貯蓄で生活するというケースもある。

総務省の家計調査を見ると、2人以上世帯の平均である「年収562万円の世帯」の平均支出は「月28万円」だ。単純計算で5年間で約1680万円となるため、60才で早期退職して受け取った割増退職金を使えば、年金の受給開始までの間は簡単に埋められる。

だが、実はこの計算は希望的観測に過ぎないと、服部さんは言う。

「この家計調査のデータをよく見ると、月28万円の支出のうち、住居費の平均が『1万8000円』と、極端に少なく見積もられているのです。持ち家でローンを完済しているなら理解できますが、60代以降もローンが続いている場合や賃貸で暮らしているなら、その場合は月14万円前後はかかる。これを踏まえると、実際に必要な金額は『月40万円』と考えるべきです」(服部さん・以下同)

事実、生命保険文化センターの調査でも、夫婦ふたり暮らしの「ゆとりある老後生活」に必要な金額は「月38万円」だ。退職金だけで暮らせる期間は、そう長くないと覚悟した方がいい。

退職金だけで暮らせる期間は長くない(写真/PIXTA)
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服部さんの試算によれば、退職金以外の収入や貯蓄がない場合、月40万円の支出で退職金の2229万円を使い切るまでの期間は、わずか55.7か月、年換算では4年6か月だ。つまり、年金の受給開始前に使い切ってしまう可能性が高い。

ただし、退職金以外の貯蓄があれば話は別だ。月40万円で60才から65才までの5年間を過ごすためには、約2400万円の貯蓄があれば、退職金に一切手をつけずにすむ。だが、簡単につくれる金額ではない。やはりもっとも現実的なのは、退職金を少しずつ取り崩し、運用しながらパートやアルバイトなどで働くことだ。

「夫婦で働き、年150万円ずつくらい稼いで生活費の足しにしながら運用していけば、無理なく暮らしつつ老後資金も確保できる。暮らしぶりによっては、月40万円もかからないことも多いでしょう。自分が何を望むのか、どう生きたいかを改めて考え、判断してほしい」

つまり、退職金の金額だけでなく、日々の生活費や年金受給額、貯蓄額などを綿密に試算したうえで選択することが大切。なにより、平均寿命が延びたいま、定年だろうが早期退職だろうが、退職金だけで老後を暮らせるケースはほとんどない。貯蓄をつくっておくか、夫婦でコツコツ働き続けるのが、老後の暮らしを守るいちばんの方法なのだ。

(後編に続く)

※女性セブン2025年5月22日号

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