
日本の「100才以上の人口」は9万5119人(2024年)と、54年連続で過去最多を記録している。最新研究で明らかになったのは、日本人の長生きを支えているのは、ズバリ「腸」だということ。つまり、腸を整えれば、ただ長生きするだけでなく、人生の最期の瞬間まで元気で幸せに生ききることも夢ではないのだ。100年ずっと元気な腸、すなわち“ご腸寿”に近づくための、腸の秘密を解き明かす。【前後編の前編】
女性87.14才、男性81.09才。平均寿命が長く、長寿国である日本では、2060年の女性の平均寿命は90才を超えると推計される。食生活や遺伝子など、さまざまな角度から日本人の長寿の秘訣が研究されている中で、近年は「腸内環境」が大きなカギを握っていることがわかってきた。医学博士で管理栄養士の岩崎真宏さんが解説する。
「日本人の腸には、炭水化物を分解し代謝する能力が高い腸内細菌が多いことがわかっています。
そのおかげで日本人は太りにくく、生活習慣病の予防や、感染症の重症化を避けやすいことにもつながっていると考えられます。それがひいては長寿となるのでしょう」
人生100年時代を最期まで健康に生き抜く秘訣は、「腸」にある。ありとあらゆる器官と密接につながり、管理している腸について知れば、100年長持ちする“健康腸寿”を手に入れ、健康長寿を叶えるヒントが見えてくる。
腸内環境が悪いと「寝たきり」になる
腸は消化器官としての役割だけでなく、約1mにもおよぶ迷走神経(脳神経のひとつ)を通じて実際に脳とつながっており、相互に影響を与え合っている。ゆえに“第二の脳”ともいわれ、その「脳腸相関」について『新しい腸の教科書』の著者で江田クリニック院長・消化器専門医の江田証(あかし)さんが解説する。
「ストレスでお腹が痛くなるのは、まさに腸が脳に呼応している証拠。このほか、心臓、肺、胃、腎臓、肝臓、子宮、筋肉と、あらゆる臓器と相関関係があります。
腸に不調が起きれば自律神経を介してすべての臓器に伝わり、連動して心拍数や血圧、呼吸などに影響が出ます」(江田さん・以下同)

腸内環境が悪いと、腸でつくられた炎症性物質が筋肉に届き、筋肉量が低下する。それによってサルコペニアやフレイルになれば、そのまま寝たきりになってしまうケースも考えられる。このほか、糖尿病リスクが2倍以上になるほか、動脈硬化や認知症、睡眠障害、うつ病など、さまざまな病気になりやすくなることもわかっている。
「睡眠の質や心の安定に欠かせない“幸せホルモン”のセロトニンは、その9割が腸でつくられるため、腸内環境の悪化はセロトニンの減少に直結し、不眠やメンタル不調を招きます。
また、背筋を伸ばしたり、まぶたをパッチリと開く『抗重力筋』は、セロトニンに依存していることがわかってきました。つまり腸内環境の悪化は、病気になりやすく、寿命を縮めるだけでなく、見た目の老化をも早めてしまうのです」

すなわち、100年長持ちする腸をつくれば死ぬまでボケずに自分で歩いて生活できる。長生き腸のために重視すべきは、腸内環境を左右する「腸内細菌」だ。1000種類以上存在し、腸の中に約100兆個も棲んでいるとされる。多用な菌が共生している様子を花畑に例えた「腸内フローラ」という言葉の生みの親でもある、辨野(べんの)腸内フローラ研究所理事長で腸内細菌学者の辨野義己さんが言う。
「腸に棲む腸内細菌の重さは、約1.5kgにもなります。その中に『善玉菌』『悪玉菌』『日和見(ひよりみ)菌』がありますが、重要なのは“いかに善玉菌が多いか”ではなく“いかに多様な菌が共生しているか”です」
腸内細菌の理想的な割合は、善玉菌2割、悪玉菌1割、どちらにもなり得る日和見菌が7割だと、江田さんも言う。
「体内でビタミンを産生したり、ほかの有害菌が増えないようにコントロールするなど、悪玉菌にも重要な役割があるので、完全になくしてはいけない。人間だけでなく、腸内細菌にも『多様性』が重要だということがわかってきたのです。実際、100才以上の高齢者の腸を調べた結果、若い人や100才未満の高齢者の1.3倍の種類の腸内細菌がいることがわかりました」(江田さん)
長寿者の腸に多い「長寿菌」の正体
長生きする人は腸内細菌の種類が多く、健康な“ご腸寿”ということ。中でも腸内を占める数が多く注目されているのが、2種類の「長寿菌」だ。
「1つが、善玉菌の代表格である『ビフィズス菌』です。“長寿の島”として知られる奄美大島の100才以上の高齢者の便を調べたところ、60〜80代の日本人の平均値の30倍以上ものビフィズス菌が存在しました」(辨野さん)
ビフィズス菌の働きは多種多様だ。その1つが、腸内の余計な悪玉菌を減らすこと。
「悪玉菌が増えすぎると、体に炎症が起き、アレルギーやがん、早期老化の原因になります。ビフィズス菌は腸内で乳酸や酢酸をつくり出すことで腸内を弱酸性に保ち、悪玉菌を減らす効果が期待されています」(岩崎さん)

ビフィズス菌がつくり出す乳酸は、記憶力や脳のパフォーマンスを高めることで、認知症予防にも役立つとも考えられている。
「人間と共通する遺伝子を持つ線虫にビフィズス菌を投与すると、寿命が23%延びました。
また、マウスに24週間投与することで、脳を発達させる神経栄養因子が1.7倍に増えたことがわかっており、人間の軽度認知障害を改善する可能性があるという報告もなされています」(江田さん・以下同)
ビフィズス菌が多ければ、相乗的にもう1つの「長寿菌」である「酪酸産生菌」も増えるという。
「ビフィズス菌が増えると酢酸や乳酸がつくられ、それをえさにする酪酸産生菌が増えることがわかっています。酪酸産生菌がつくる『酪酸』は大腸内の酸素を減らし、酸素を好む悪玉菌の増殖を抑えるほか、腸のバリア機能を高める働きがある。
腸のバリア機能が低下すると、腸内細菌の持つ毒素が血液内にしみ出す『リーキーガット症候群』となり、10〜20年など長い年月をかけて全身に慢性的な炎症を起こし、いずれは動脈硬化や肥満、糖尿病を招きます。
酪酸は免疫の過剰反応を抑える作用もあり、がんやアレルギー、新型コロナなどの感染症の重症化を防ぐ働きもあります」
筋肉量を増やしてサルコペニアの予防にもつながることも明らかになった。
「筋肉を溶かす『HDAC』という酵素の働きを阻害し、筋肉量の低下を防ぐのも、酪酸の働きです。近年では筋肉を維持するにはたんぱく質の摂取量と同時に腸内の酪酸を増やすことが重要だとされています」
100才以上の人口比率が全国平均の3倍と、長寿で有名な京都府京丹後市内の100才以上の高齢者の腸を調べると、全国平均と比較し約3.1倍もの酪酸産生菌がいたことが報告されている。
(後編に続く)
※女性セブン2025年6月26日号